騰貴によって減少しても、しかも彼らはその生産費が騰貴しなかった所の何らかの他の貨物の消費を止め得るからである。その場合には、供給される分量と需要される分量とは以前と同一であろう。生産費のみが増加しているであろうが、しかも価格は、この騰貴せる貨物の生産者の利潤を他の職業から得られる利潤と等しからしめるために騰貴するであろうし、また騰貴しなければならぬ。
セイ氏は生産費が価格の基礎であることを認めているが、しかし彼はその書物の種々なる部分において、価格は需要供給の比例によって左右されると主張している。ある二貨物の相対価値の真実かつ窮極的規制はその生産費であり、生産され得べき各々の分量でもなく、また購買者の間の競争でもないのである。
(一二一)アダム・スミスによれば、植民地貿易は、英国資本のみが用いられ得る事業であることのために、すべての他の職業の利潤率を騰貴せしめた。そして彼れの意見によれば、高い利潤は高い労賃と同様に、貨物の価格を騰貴せしめるから、植民地貿易の独占は――彼れの考えるに、――母国にとって有害であったが、けだしそれは製造貨物を他国と同様に低廉に売る力を減少せしめたからである
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