の価格は、絶えずそれに課せられた租税に比例して騰貴し来った。しかしそれらの租税並びに麦酒《ビール》及び強麦酒《エイル》に対する種々なる租税は、絶えずそれらの貨物の価格を騰貴せしめるか、または、同一のことに帰するが、消費者に対しそれらの貨物の品質を低下せしめるか、のいずれかであった。それらの租税の終局的支払は、消費者の絶えず負担する所となり、そして生産者の負担する所とはならなかった。』この章句についてビウキャナン氏は次の如く言う、『麦芽に対する租税は決して大麦の価格を低め得ないであろう。けだし大麦を麦芽にすることにより、それを麦芽にしないで売ることによって得られると同一の額が得られない限り、必要とされる分量は市場に齎されないであろうからである。従って麦芽の価格がそれに課せられた租税に比例して騰貴しなければならぬことは明かである。けだししからざれば需要は供給され得ないからである。しかしながら、大麦の価格は砂糖のそれとちょうど同程度で独占価格である。それら両者は地代を生み出し、そして両者の市場価格は等しくその原費とのすべての関係を失っているのである。』(編者註)
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