ッの影響をそれに及ぼすが、――すなわち彼れの機械、建物、及び在庫品もまた一〇〇%騰貴するならば彼れの利潤率は同一であり、彼はその国の労働の生産物の同一の分量を支配し得べく、それ以上は支配し得ないであろう。
 もし一定の価値の資本をもって、彼が、労働の節約によって、生産物の分量を倍加し得、そしてそれがその以前の価格の半分に下落しても、それは、それを生産した資本に対し以前と同一の比例を保ち、従って利潤は依然同一率にあるであろう。
 もし、彼が同一の資本を用いて生産物の分量を倍加すると同時に、貨幣の価値が何らかの出来事によって半分に下落するならば、生産物は以前の二倍で売れるであろう。しかしその生産に用いられる資本もまた、その以前の貨幣価値の二倍となるであろう。従ってこの場合においてもまた、生産物の価値は、資本の価値に対し以前と同一の比例を保つであろう。そして生産物が倍加されたにもかかわらず、地代、労賃及び利潤はただ、この二倍の生産物がこれを分つ三階級の間に分割される比例が変動するにつれて、変動するに過ぎないであろう。
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    第二章 地代について

(二四)しかしながら、土地の占有とその結果たる地代の発生とが、生産に必要な労働量とは無関係に、貨物の相対価値に変動を惹起すか否か、の問題が残っている。問題のこの部分を理解せんがためには、吾々は、地代の性質、及びその騰落を左右する法則を、研究しなければならない。
 地代とは、土地の生産物の中、土壌の本来的なかつ不可壊的な力の使用に対して地主に支払われる所の部分である。
 しかしながら、それはしばしば資本の利子及び利潤と混同されている。そして、通俗の用語では、この言葉は、農業者によってその地主に年々支払われるものには、その何たるを問わず適用されている。もし、同一の面積を有ちかつ同一の自然的肥沃度を有つ二つの相隣れる農場のうち、一方は、農耕用建物について一切の利便を有ち、更にその上に適当に灌漑され、施肥され、そして都合よく籬《まがき》や柵や壁で区分されているが、しかるに他方は、これらの利便は何も有たないとすれば、一方の使用に対しては、他方の使用に対してよりも、より[#「より」に傍点]多くの報酬が当然支払われるであろう。しかも双方の場合にこの報酬は地代と呼ばれるであろう。しかし次のことは明かである、すなわち改良された
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