を促して結婚せしめる、――人口は増加し、穀物に対する需要はその価格を他の物に比して騰貴せしめる、――より[#「より」に傍点]多くの資本が農業に有利に用いられかつ引続きそれに流入し、ついに供給が需要に等しくなり、その時に価格は再び下落し、農業及び製造業の利潤は再び等しくなるのである。
 しかし穀価の騰貴後に、労賃が静止的であったか、適度に増進したか、または著しく増進したかは、この問題にとり何ら重要ではない、けだし労賃は農業者と同様に製造業者によっても支払われ、従ってこの点において両者は穀価の騰貴によって等しい影響を受けるに違いないからである。しかし製造業者はその貨物を以前と同一の価格で売るのに、農業者はその貨物を騰貴せる価格で売る故に、彼らはその利潤においては不平等に影響を蒙る。しかしながら、常に資本を一つの用途から他の用途に移動せしめる誘因たるものは、利潤の不平等である。従って穀物の生産は増加し、貨物の製造は減少するであろう。諸製造品は騰貴しないであろうが、けだしその一供給が輸出穀物と引換えに得られるためにその製造が減少するからである。
 奨励金は、もし穀価を騰貴せしめるならば、それを他の貨物の価格と比較して騰貴せしめるか、あるいはしからざるかである。もしこの肯定が真実であるならば、穀価が豊富な供給によって再び下落するまでは、農業者のより[#「より」に傍点]大なる利潤及び資本の移動に対する誘引を否定することは不可能である。もしそれが他の貨物に比較してそれを騰貴せしめないならば、租税支払という不便の以上に、内国消費者に対する害がどこにあるか? もしも製造業者がその穀物により[#「より」に傍点]大なる価格を支払うならば、彼は、彼れの穀物がそれで窮極的に購買される所の自分の貨物をそれで売るそのより[#「より」に傍点]大なる価格によって、償われるであろう。
(一〇六)アダム・スミスの誤謬は、まさに、エディンバラ評論における論者のそれと同一の源泉から発している。けだしこの両者は、『穀物の貨幣価格がすべての他の国産貨物のそれを左右する』と考えているからである(註)。アダム・スミスは曰く、『それは労働の貨幣価格を左右する、そしてこの貨幣価格は常に、労働者をして、彼とその家族を、豊富にか適度にかまたはまたは乏しく、――社会の進歩的、停止的、または退歩的な諸事情のために彼れの雇傭者は
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