すべき点以上に保っておく。不作の年には、奨励金はしばしば停止されるとはいえ、しかも豊作の年にそれが惹起す大なる輸出のために、しばしばある年の豊作が他の年の不作を救済するのを多かれ少かれ妨げなければならぬ。従って不作の年にも豊作の年にも、奨励金は穀物の貨幣価格を国内市場で奨励金がなければそうであったであろう点よりもいくらか高く引上げるという、傾向を有っている。』(註)
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(註)他の場所において彼は曰く、『奨励金によっていかなる外国市場の拡張が起り得ようとも、それは、あらゆる特定の年において、全然内国市場を犠牲にして行われるものでなければならぬ。けだし奨励金によって輸出されそして奨励金なくしては輸出されなかった穀物の全部は、その貨物の消費を増加しその価格を下落せしめるために内国市場に留まったであろうからである。穀物奨励金並びにあらゆる他の輸出奨励金は、国民に二つの異れる租税を課することを注意すべきである。第一に奨励金を支払うために国民が納付せざるを得ぬ租税であり、そして第二に内国市場におけるこの貨物の価格騰貴によって生じ、かつ国民全体が穀物の購買者である故に、この特定貨物において国民の全体が支払わなければならぬ所の租税である。従ってこの特定貨物にあっては、この第二の租税がこの二つの中《うち》遥かに最も重いものである。』『従って第一の租税の支払のために彼らが納付する五シリングごとに、彼らは第二の租税の支払のために六|磅《ポンド》四シリングを納付しなければならぬ。』『従って奨励金によって起る穀物の異常な輸出は啻にあらゆる特定の年において、それがちょうど外国の市場と消費を拡張するだけ、内国のそれを減少するのみならず、更に国の人口及び産業を制限することによって、その終局的傾向は内国市場の漸次的拡張を阻止し制限し、ひいては結局、穀物の全市場及び消費を増大するよりはむしろ減少せしめることである。』
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アダム・スミスは、彼れの議論の正否が、『穀物の貨幣価格の』騰貴が、『その貨物を農業者にとりより[#「より」に傍点]有利ならしめることによって、必ずしもその生産を刺戟するものではない』かどうかという事実に、全然依存することを、十分に知っているように思われる。
彼は曰く、『もし奨励金の結果が、穀物の真実価格を騰貴せしめ、
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