x払わせられても、私が残りの九〇〇|磅《ポンド》の支出で満足するならば、それは真実に私の所得に対する租税であろうが、しかしもし私が引続き一、〇〇〇|磅《ポンド》を支出するならば、それは資本に対する租税であろう。
そこから私の一、〇〇〇|磅《ポンド》の所得が得られる資本が一〇、〇〇〇|磅《ポンド》の価値を有つとすれば、資本に対する一%の租税は一〇〇|磅《ポンド》であろう。しかしもし私が、この租税を支払った後に同様に、九〇〇|磅《ポンド》の支出をもって満足するならば、私の資本は影響を受けないであろう。
生活上のその地位を維持し、かつその富を一度達せられた高さに維持せんとする、あらゆる人の有つ願望は、大抵資本に課せられたものでも所得に課せられたものでもその大抵の租税を、所得から支払わせるようにする。従って租税が増進するにつれまたは政府がその増加するにつれて、人民の年々の享楽は、彼らが比例的にその資本との所得とを増加し得ない限り、減少せしめられなければならない。
(五五)人民の間にこのことをなさんとする志向を奨励し、そして常に資本の負担に帰すべき租税を決して賦課しないというのが、政府の政策でなければならない。けだしかくすることによって、それは労働の支持のための基金を害し、それによって国の将来の生産を減少せしめるからである。
英国においては、遺言検認税、遺贈税、及び死者より生者への財産の移転に影響を及ぼすあらゆる租税を課して、この政策を無視している。もし一、〇〇〇|磅《ポンド》の遺産が一〇〇|磅《ポンド》の租税を負担するならば、遺産相続人はその遺産を単に九〇〇|磅《ポンド》と考えるに過ぎず、そして彼れの支出の中から、一〇〇|磅《ポンド》の税を節約しようとする何らの特定の動機をも感ぜず、かくて国の資本は減少せしめられる。しかしもし彼が真実に一、〇〇〇|磅《ポンド》を受取り、そして所得や葡萄酒や馬や僕婢に対する租税として、一〇〇|磅《ポンド》を支払わしめられるならば、彼はおそらくその額だけ、その支出を減じまたはむしろ増加せしめなかったであろうし、そして国の資本は害されなかったであろう。
アダム・スミスは曰く、『死者から生者への財産の移転に対する租税は、終局的にかつ直接的に、財産が移転せられる人の負担する所となる。土地の売却に対する租税は全然売手の負担する所となる。売手はほ
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