る.即ち量子論は古典的因果律を適用すべき範圍ではないのである.
 そして統計的の結果は,量子力學の示す所によれば波動の形を採るものであるから,多くの光量子,多くの電子の體系が波動性を示すことになつて來る.之に反してエネルギー,運動量は量子力學にあつても,個々の過程に於て其不滅則の成立することが示される.從つて不滅則の關する限り個々の過程に於て古典的因果律が成立するのである.
 以上の結論として時間空間の問題に於ては古典的因果律は成立せず,且つエネルギー,運動量は問題の表面に現はれて來ない.これに反しエネルギー,運動量の問題に於ては因果律は成立するが,時間空間の問題は全く不明である.古典論に於ては時間空間の問題が因果的に記述せられたのであるが,量子論に於てはこれが兩立せず,只一方だけが當面の問題となるもので,而かも二つの半面が全實在を構成し,極限に於ては合して古典論となることからして相補性の名が生れたのである.そして此相補の關係にある二つの半面は互に排除的であつて,一方が問題となる時は他方は隱れて了ふものなのである.これを Heisenberg の不確定性原理が數學的に表はして居る.

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