任する所となりしが、千八百八十四年罷められて国に帰へるに及で、総督制度は稍々挫折したりと称せらる。
 伊藤侯が今囘締結したる日韓協約は、列国の承認せる既成事実を成文に章明したるに過ぎずして、是れ位の措置は侯に在ては寧ろ牛刀割※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]の感あらむ。然れども余は侯に望むに仏国流の殖民政治家を以てせずして、虚名を棄てゝ実績を収めたるクローマーを以てせむとするが故に、侯が韓国統治者としての事業は、更に大に将来に規画する所多かるべきを思ふ。協約の締結は僅に保護事業の予備たらむのみ。(四十年九月)

     立憲史上の伊藤公

 伊藤公は新日本の建設者として、総ての史的事業に関係し、且つ他の何人よりも大猷参画の功労多き人なり。若し公の働らきたる部分の一つにても、完全に仕遂ぐるものあらば、彼は亦明治時代の一名士たる価値を得るに足るべし。公の政治生涯は多面にして而も面々華麗なり。燦然として悉く人目を集むるものにあらざるはなし。凡そ政治家の功名心を飽かすべき最好の機会は、殆ど一として公の手に触れざることなく、是れと同時に其の政略及び行動は時として物議の中心たることありと
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