力を以て支持したる安全に非ず。氏にして若し小心翼々唯だ過失なきを勉むるのみならば、氏の位地安全なるが為に東京の市政に何の加ふる所あるを見ざらむ。元来氏は豁達にして腹心を披くの門戸開放家にも非ず。さりとて術数を蓄へ陰謀を成すの策士にも非ず、要するに氏は一種の独善主義者にして名節を貴ぶの君子人なり。故に品性は極めて立派なれども、俗人を相手にして俗事を処理するに於ては、其の頭脳余りに窮屈にして狷介なり。氏は熱心なる味方を作る能はず、又忠実なる子分を得る能はず。首領たるの器局は到底氏に於て求むべからず。故に氏に望む所は、思ひ切つて自己の所信を断行し、何人の反対をも畏れずして独り其の為さむとする所を為し、位地を賭して驀進するに在り。然らずして唯だ無為無能の好々先生に終らば、氏の政治的生命は遠からずして絶えむ。位地の安全なるを以て自ら甘むぜば、氏の末路は知るべきのみ。(四十年二月)

   公爵 近衛篤麿

     近衛篤麿

      一代記の序言
 近衛篤麿公の名が世に出でたるは、漸く最近十年間の短日月のみ。而も彼れの春秋尚ほ高きを見るに於て、此短日月は僅かに彼れが公人歴史の初期たるに過ぎ
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