攻撃を試み、而して一方に於ては自由党の権力均分論を奇貨とし、桂子爵の手に依りて内部より内閣分裂の端を啓かしめたり、是れ実に伊藤侯が清国漫遊の留守中に起りたる現象なり。
※[#始め二重括弧、1−2−54]十三※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山県相公閣下、閣下と伊藤侯とは、其人格に於ても、思想に於ても、本来決して両立す可き契点あらざるに拘らず、其表面上久しく相互の調和を保持し得たりしは、唯だ藩閥擁護の共同目的に対して、離る可からざる関係を有したりしを以てなり、然るに侯は一朝此の共同目的より解脱し、敢て内閣の門戸を開放して、之れを藩閥の当の敵たる大隈板垣の両伯に与ふ、是れ事実に於ては閣下に向て政治的絶交を告示したると共に、又其の持説と認められたる超然内閣制を固執せざる心事をも表明したる挙動なり、当時世人は此の挙動を以て、英国のロベルト、ピールが保守党の反対を顧慮せずして穀法廃止案を採用したるに比し、以て其の明達の見に服するものありしと雖も閣下より之れを見れば、固より驚く可き豹変たりしに相違なし。
伊藤侯は独り此の挙動に於てピールに似たる者あるのみならず人物に於ても亦稍
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