に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]剛愎は如何なる場合に於ても、悪徳たるを免かれざればなり※[#白ゴマ、1−3−29]されど党人より之れを観れば、剛愎も亦必要の武器なるやも知る可からず※[#白ゴマ、1−3−29]何となれば党人最後の目的は、唯だ政敵と戦つて之れに勝つの一事なるを見ればなり。

      彼は主我的人物なり
 若し彼をして単に放胆不諱、剛愎不遜の木強漢ならしめば、彼は僅に鶏鳴狗盗の雄たるに過ぎず※[#白ゴマ、1−3−29]何ぞ甚だ多とするに足らむや※[#白ゴマ、1−3−29]されど彼れに最も及ぶ可からざるは、其戸外の木強漢たると共に、室内の読書家たる是れなり※[#白ゴマ、1−3−29]此れを聞く、彼は別に他の嗜好なく、唯だ読書を愛して、博覧人に超え、故陸奥伯の如き亦学問に於て彼れに師事する所多かりしと※[#白ゴマ、1−3−29]余は彼が果して読書の才あるや否やを知る能はずと雖も、其読書の嗜好ありて多読を貪るの人たるは、彼を知るものゝ皆許す所なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れが自由党に在りて、巍然一頭地を出だす所以のものは、蓋し自由党中復た一人の彼に優れる学者なきが為ならずとせむや※[#白ゴマ、1−3−29]而も彼は多く理窟を語らずして、反つて人の理窟を喋々するを笑ふ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ所謂る知つて言はざる大智者を学ぶに在る乎※[#白ゴマ、1−3−29]将た彼は議論よりも実行を主とするを以て平生の務とするに由る乎。
 彼れ往時英国の某大学に在て法律を修む※[#白ゴマ、1−3−29]偶々試験あり、教授課するに『英国憲法の真相』といふの論題を以てす※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ秒時に立案して、之れを教授に示す※[#白ゴマ、1−3−29]其文唯だ『英国憲法は世界無比の良憲法なり』との一句を記するのみ※[#白ゴマ、1−3−29]教授呆然、其余りの無意義なるに驚き、之れを彼れに詰る※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ曰く、先生の英国憲法を説く千言万語の多きを以てすと雖、其要点は則ち此一句に外ならず※[#白ゴマ、1−3−29]何ぞ別に詳述するを須いむやと※[#白ゴマ、1−3−29]是れ一場の逸話に過ぎざるも、彼れの政治論は大抵此試験答案の如く、曾て煩瑣なる理窟を捏ねずして、唯だ疎枝大葉の議論を為す※[#白ゴマ、1−3−29]此を以て世間曾て彼れの学問あるを信ずるもの甚だ少なくして、寧ろ彼れを粗豪の一木強漢と思ふもの多かりき。
 顧ふに彼れが見掛によらぬ学者たるは、今や漸く多数の認識するの所となれりと雖も、其言動の毫も学者らしからざるは他なし、彼れは主我的意思を以て総べての問題を解釈し、我れに利なれば理窟を言ひ、我れに不利なれば無理をも言ふの傾向あればなり※[#白ゴマ、1−3−29]其放胆不諱、剛愎不遜の人に過ぐる所以のものは、亦豈主我的意思の最も発達したるが為に非ずや、故に室内の人物としては、彼は真理を研究するの読書家たりと雖も、彼れの戸外に於ける言動は、唯だ是れ一個主我的意思の強固なる人物を体現するのみ。

      彼の去就は単純なり
 今や彼は一般の想像するが如き大運動なく、其挙動は頗る平和にして、僅に新聞記者を相手として無意義の評論を試みつゝあるのみ※[#白ゴマ、1−3−29]知らず彼は何の考案を有し、何の抱負を今後に行はむとする乎。吾人は妄りに彼れの心事を揣摩せざる可し※[#白ゴマ、1−3−29]されど吾人は一個の見地に依りて彼れの位地を観察するの自由を有す※[#白ゴマ、1−3−29]此見地は彼れの未来に関せずして、彼れの現在の位地に関する見地なり※[#白ゴマ、1−3−29]曰く彼は現内閣の敵なる乎、味方なる乎と。此問題を解答するものは、彼れ自身に非ずして、恐くは現内閣ならむ※[#白ゴマ、1−3−29]何となれば現内閣にして彼れに利なれば、彼は現内閣の維持を冀望す可ければなり。
 世間或は彼れを以て高島一派と結托するの意ありと伝ふものあれども、高島一派の現勢力は殆ど零位なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ豈之れと結托するの愚を為さむや※[#白ゴマ、1−3−29]或は自由、進歩両派以外、別に一政党を組織して、大に他日の地を作る可しといふものあれども、彼れの根拠は現在僅かに少数の関東派あるのみ※[#白ゴマ、1−3−29]彼れ豈之れを恃て有力の政党を組織するを得むや※[#白ゴマ、1−3−29]或は彼れを以て専ら力を自由派の扶植に致し、以て大に進歩派と競争せしめ、而して憲政党を分裂せしめ、而して現内閣を破壊せしむ可しといふものあるのみならず、彼れ亦自ら自由進歩の分裂終に已む可からざるを説くと雖も、彼れを認めて熱心なる自由派と為すは謬見なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れは自己を主とするの英雄(?)にして、其眼中
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