治の実効を挙ぐるに足らざるを自覚し、別に新機軸を出だして政局の進転を計らむとせり、是れ閣下の内閣が漸く内部の動揺を始めたる所以なり。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]二十一※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山県相公閣下、閣下の内閣が近時漸く動揺し始めたるは疑ひもなき事実にして、帝国党の代表力たる清浦曾禰の両氏は、専ら閣下の参謀として内閣の政略を指導するの位地を占め、閣下の属僚たる都筑、平田、安広等の頑夢派と相策応して、自由党を牽制するの運動に着手しつゝあるは、亦既に公然の秘密なり、我輩の聞く所に依れば、彼等は閣下に向て総べて自由党の要求を峻拒す可しと勧告したり、此れが為めに自由党と提携を絶つに至るも復た畏るゝに足らずと説きたり、第十五議会までには、帝国党と中立派とを連合せしめ、更に進歩自由の両党代議士中より幾多の醜漢を買収せば、優に多数を議会に制するに得ること掌を反へすよりも易しと進言したりといふ、其の無稽無謀の太甚しき、殆ど閣下を死地に陥いるゝにあらずむば止まざるものなるに拘らず、閣下の意思稍※[#二の字点、1−2−22]彼等の献策に動かさるるの傾向ありといふは何ぞや、彼等は以為らく、第十五議会の形勢にして若し閣下に利非ずとせむか、即ち断然議会を解散し改正選挙法に依りて進歩自由の両党と争ひ大に選挙干渉を行ふて多数の御用代議士を選出せしむること敢て難しと為さず、而も尚ほ不幸にして議会の多数を制すること能はずむば、内閣は此の時を以て始めて総辞職の挙に出づるも未だ晩からず、而して是れ実に立憲政治家の責任に背かざるの名を得るに庶幾しと、意気頗る正大なるに似たりと雖も、斯くの如きは主義あり政綱ある政党内閣に於て言ふ可く、単に閣下の内閣を維持して其の恩恵の下に生存せむとする属僚等の言ふ可き所に非ざるを奈何せむや、さりながら閣下亦自ら其運命の窮せるものあるを知らざる可からず、葢し自由党が今日まで閣下に盲従したるは、唯だ伊藤侯の起たざるを以てのみ、苟も侯にして自ら起つて自由党を率ひば、閣下の内閣は鎧袖一たび触れて忽ち倒れたりしや久しきなり、而も侯の容易に起つの色なきは、自由党の組織が侯の理想に適合せざるが為にして、自由党にして真に能く侯の理想を摂取するの内容を有せば、侯或は自由党に入りて其の首領たるを辞するものに非じ、但だ自由党の内容は、侯の理想を摂取するには余りに雑駁にして、且つ余りに弾力に富めり、案ずるに侯が政党の規律節制を説くは太だ善しと雖も、是れ単に外部より訓練し教育し得可きものに非ずして、自ら其の党人と為りて内部より改造せざる可からざるものたり、侯は何が故に自ら自由党に入りて其の理想を実行するを勉めざる乎、是れ頗る怪む可しと雖も、実は自由党が到底侯の理想を摂取するの受容力を有せざればなり、さりながら侯も自由党も、閣下の内閣に対しては均しく結局の利害を異にするものあるに於て、此の一点に於て常に相接近するの関係を保持して、共に局面展開の時機を待てり、局面の展開は如何なる装姿を以て現はれ来る可きかは一個の疑問なれども、其の現状維持に倦みて局面の展開を望むの心は侯も自由党も亦同一なり、而して閣下の属僚等は、強て現状を維持せむとして無稽無謀の挙を閣下に慫慂するを見る、是れ豈伊藤侯と自由党との共に隠忍して已む能はざる時期ならずや、閣下尚ほ首相の椅子に緊着して離れざらむとする乎。

      ※[#始め二重括弧、1−2−54]二十二※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 山県相公閣下、世に伝ふ、頃ろ自由党は閣下に向て内閣の三四脚を要求し、若し聴かれずむば提携を謝絶して内閣に反対するの決意を示したりと、是れ恐らくは局面展開の第一着手たる可し、さりながら閣下にして此の要求に応ぜむとせば、先づ閣下に最も親近なる閣僚を引退せしめざる可らず、今や此等の閣僚は、自己の運命を迫害せむとする自由党に対して防禦の策を講じ、閣下の属僚と倶に極力現状を維持するの成案を具して閣下に迫りつゝあり、此の成案は固より閣下を死地に陥いるゝものなりと雖も、自由党の要求とても亦閣下を窘窮せしむるの毒計たるが故に、閣下は殆ど進退維れ谷まれるの位地に在りと謂ふ可し。
 抑も自由党が果して既に斯くの如き要求を閣下に提供したるや否や、たとひ既に之れを提供したりとするも、是れ自由党多数の冀望なりや否やに付ては、我輩未だ輙すく明言し能はざる所なりと雖も、自由党が之れに類するの運動を開始しつゝあるの事実は断じて疑ふ可くもあらじ、或は曰く末松謙澄男主として内閣割込の議を唱へ、自ら閣下に向て談判の任に当れりと、末松男が内閣改造の張本人たるは、我輩の甚だ信ずる能はざる所にして、若し彼れにして此の議を唱へたりとせば、是れ必らず伊藤侯の承認を得たる上の事ならざる可からず、さりなが
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