も彼が固辞して受けざるや、故三条公乃ち已むを得ずして首相となれり※[#白ゴマ、1−3−29]是れ彼が巧みに隠れたる所以にして、其の機熟し時来れるを見るや、彼れ果して巧みに現はれて、山県内閣は忽如として成りたりき※[#白ゴマ、1−3−29]歴史は反復す、山県有朋は未だ死せざるを知らずや。抑も彼は前内閣の後を受けて自ら内閣を組織せざるは何の故ぞ、蓋し大隈を畏れたるに由る※[#白ゴマ、1−3−29]大隈を畏るゝは大隈と進歩党との関係に顧みる所あるが為なり※[#白ゴマ、1−3−29]彼れの進歩党を好まざるは自由党を好まざるに同じきなり※[#白ゴマ、1−3−29]然らば何故に前に大隈の入閣に賛成せる乎※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し大隈出でずむば内閣改造の事成す可からざればなり※[#白ゴマ、1−3−29]今や彼は京摂の間に優悠して復た人世に意なきが如しと雖も、彼と同腹一体の苦談楼主人は縦横策を画して風雪を煽ぐに日も維れ足らざるに非ずや※[#白ゴマ、1−3−29]彼は巧みに現れんが為に巧みに隠れたるのみ※[#白ゴマ、1−3−29]彼は遅鈍なる如くにして反つて巧遅に※[#白ゴマ、1−3−29]容易に放たず、容易に動かずして、出でても身を保つを思ひ、処りても身を保つを思ふ※[#白ゴマ、1−3−29]而して人は終に彼れの智術を知らざるなり。
彼は最も失敗を恐る※[#白ゴマ、1−3−29]失敗を恐るゝは名を惜む所以にして、名を惜むは身を保つ所以なり※[#白ゴマ、1−3−29]故に彼は隠忍慎密先づ自ら布置せずして他の石を下すを待つの碁法を用ゆ※[#白ゴマ、1−3−29]是れ伊藤春畝先生と雖も未だ悟入せざるの奇法にして、流石に滑脱なる先生も、其出処進退の巧みなるに至ては遠く彼に及ばざるもの洵に此れが為なり※[#白ゴマ、1−3−29]余は彼が未来の運命を予言し得るものに非ず※[#白ゴマ、1−3−29]何となれば政界今後の未来は容易に予言し得るものならざればなり※[#白ゴマ、1−3−29]若し万々一大隈をして失敗を再びせしめ、国民派をして其の理想を実行せしむる不思議の政変あらば、固より山県時代を見るに至らずと謂はず※[#白ゴマ、1−3−29]然れども斯くの如くして成りたる内閣は能く政治上の進歩と両立し得る乎※[#白ゴマ、1−3−29]自由党に反対せられ、進歩党に背かれて能く幾何日月を維持し得る乎※[#白ゴマ、1−3−29]或は議院を解散して露国を征伐するの夢を見む乎※[#白ゴマ、1−3−29]或は伊藤、井上を聯ねて長州内閣を組織するの算ある乎※[#白ゴマ、1−3−29]均しく皆一場の空想たるに過ぎずむば、彼れが身を保つの最好秘訣は、唯だ今日に於て実際に政界と永訣するに在るのみ。(二十九年十二月)
山県侯の政治的系統
其一 山県侯の潜勢力
有体に云へば、山県侯は政治家として今尚ほ顕勢力を有するの人に非ず※[#白ゴマ、1−3−29]其思想は時代の精神に後れ、其手腕は立憲機関の運用に適せず※[#白ゴマ、1−3−29]而して其名望を視れば、固より国民的基礎の上に立てる大隈板垣等の政党首領と同じからず※[#白ゴマ、1−3−29]况むや侯は元来馬上の雄にして、政治は其長所ならざる可きに於てをや※[#白ゴマ、1−3−29]侯曰く、余は一介の武弁、敢て現時の難局に当るに足らずと※[#白ゴマ、1−3−29]是れ謙抑の言に似たれども、実は自己の真価を語りたる自然の自白なり。
されど不思議なるは侯の位地なり※[#白ゴマ、1−3−29]現時の難局は、有力なる政治家の挙げて手を焼きたる所なるに、侯は所謂る一介の武弁を以て之に当らむとし、自ら椿山荘を出でて第二次の山県内閣を建設す※[#白ゴマ、1−3−29]顧るに第一次の山県内閣は、伊藤大隈の連敗の後を受けて起り、今や第二次の山県内閣も亦伊藤大隈連敗の後に出でたり※[#白ゴマ、1−3−29]夫れ伊藤大隈は当世の二大政治家にして、之れを山県侯に比すれば、政治に於て一日の長あること何人も疑はざる所なり※[#白ゴマ、1−3−29]而も侯は前後共に此二大政治家の持て余ましたる難局に当りて敢て怪まざるは奇なりと謂ふべし※[#白ゴマ、1−3−29]進歩派の領袖大石正巳氏の如きは、侯の内閣を冷笑して、鎧袖一たび触るれば忽ち倒る可しといひたれども、啻に倒れざるのみならず、反つて之れを助くるもの朝野に少なからざるは何ぞや※[#白ゴマ、1−3−29]蓋し侯は政治上の顕勢力を有せずと雖も、尚ほ一種の潜勢力を有すればなり※[#白ゴマ、1−3−29]侯の現在の位地を知らむとするものは、先づ此潜勢力を観察せざる可からず。
品川子は、侯及び伊藤井上の三老を崇拝して長州の三尊と称す※[#白ゴマ、1−3−29]若し子に向て三尊中の第
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