どいふ連中は、歴史的豪傑としては残つて居ないが、児童走卒も尚ほ能く其の名を記憶して嘖々是れを伝唱するのを思へば、彼等は正さしく口碑的豪傑の尤なるものである。
※[#丸中黒、1−3−26]日本に講談師とか浪花節語りとかいふ芸人の起つたのは、恐らくは口碑的豪傑の多く輩出した為であらふと考へる。而して此等の芸人に依て、口碑的豪傑が益々市井の間に持て囃さるゝやうになつたのである。
※[#丸中黒、1−3−26]田中正造翁は随分新聞紙の種を供給する人物であるが、歴史家からは多分淘汰されて仕舞ふだらうと思ふ。然しながら翁は歴史家に無視せらるゝと同時に、必らず講談師や浪花節語りに拾ひ上げられて、寄席の高座から口碑的豪傑となつて現はるゝの時があるに相違ない。
※[#丸中黒、1−3−26]翁は一度は代議士ともなつて、議会でも名物の一人に数へられた男であるが、翁は恰も日蓮宗徒が南無妙法蓮華経を一心に唱ふるやうに、始終唯だ鉱毒問題を怒鳴り通して居たのである。
※[#丸中黒、1−3−26]近頃翁は官吏侮辱罪で訴へられて居る。相手は巡査とか村長とかであるが、相手は誰れであらうとも、鉱毒地の人民を迫害すると信ずるものは、総て之れを敵として奮闘する。これが翁の終生の運動である。翁は此の運動の為に、あらゆる悲惨をも甞め、あらゆる困難にも逢遇した。然し翁は悉く之れに打ち克つだけの勇気と忍耐とを有して居る。
※[#丸中黒、1−3−26]金も欲しくない、命も要らない、名誉を望まないで、唯だ善と思ふ目的に向つて、側目もふらずに突進することは、常識本位の人には出来ぬ芸だ。世間は此の類の熱血漢を一種の精神病者と認むるのである。但し義人とか献身者とかいふ奴は大抵精神病者と見えるもので、其の言動は往々軌道を外づれて居るものだ。
※[#丸中黒、1−3−26]田中翁も即ち其れで、現代からは狂人と見做さるゝかも知れない。実に翁は現代の厄介者である。富の勢力にも屈しない、政府の権威にも畏れない、又世間の毀誉褒貶にも頓着しない。なか/\始末にいけない代物である。加ふるに根気よく奮闘を継続して毫も休止しない所は、何となく其の個人性に薄気味の悪るい点があるやうに思はれる。
※[#丸中黒、1−3−26]翁は迷信の為に運動するでもない、又主義の為に運動するでもない、唯だ直覚に依て運動するのである。翁は猛烈なる可燃質の人
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