是れ他なし、議会開設以来既に十余年を経過したる時代は、人文の進歩よりいふも、内外形勢の変化より見るも、到底前世紀の賢人等が出現す可き幕ならずと信じたればなり、我輩は必ずしも此見地に雷同するものには非ず、世の所謂る前世紀の賢人中にも、智力根気共に強壮にして、尚ほ能く時代の精神を駆使する人物なきに非ざれども、而も此の見地は、大体に於て真理を外づれざる鉄案たるは論ずるまでもなし。
相公閣下、我輩は閣下の尊敬す可き賢人たるを知る、之を知るが故に、我輩は閣下の生涯に汚点少なからむことを望みたり、之れを望みたるが故に、今や其晩節を傷けたるを見て、閣下の為に※[#「りっしんべん+宛」、第3水準1−84−51]惜するの情も亦随つて切なり、之れを※[#「りっしんべん+宛」、第3水準1−84−51]惜するが故に、乃ち忠実に閣下に向て其の処決を勧告す、是れ負傷したる閣下の晩節に対する唯一の臨床療法なればなり。
※[#始め二重括弧、1−2−54]三※[#終わり二重括弧、1−2−55]
山県相公閣下、閣下にして若し初期議会以後の時代を領解し、曾て超然として政界の外に高踏したりとせよ、我輩は決して閣下の徳を頌するに吝ならじ、顧ふに閣下は前には軍制の改革家として、全国皆兵の主義を実行し、後には市町村制度の創意者として、地方自治の基礎を確立したる人なり、閣下は唯だ此の二大事績に依りて、優に明治第一流の元勲たる名誉を要求し得可し、又何ぞ多きを望みて反つて大に失ふの愚を為す可けむや。
閣下が明治五年陸軍の編制に着手するや、之に反対せるものは、当時軍職を失ひたる多数の旧藩士のみに止まらず、彼の軍人の大首領たる西郷隆盛すらも、亦実に之れに異議を唱へたりき、而も閣下は敢て之れを畏れずして其の所信を断行し、遂に全国皆兵の徴兵令を発表したりしは、之れも伊藤侯が憲法制定の事業に比して、寧ろ著手の困難なりしを疑はず、而して閣下が此の軍制の改革に成功するや、一躍して直に陸軍部内の指導者と為り、特に十年の役には、閣下の最も憚りたる西郷党を残滅して、武力に誇れる薩閥の根拠を抜き以て陸軍省をして遂に長閥の勢力範囲たらしめたりき、今や閣下は、元帥の待遇と陸軍大将の軍職とを有し、凡そ軍人としては此の上もなき最高の位置及び之れに伴へる君寵を享け、即ち所謂る功成り名遂げ、復た世に遺憾なきの人なり、顧みて更に大政
前へ
次へ
全175ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鳥谷部 春汀 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング