し政權に近接せざるが故に失敗なりといはば、明治十五年以後の大隈伯は實に失敗の政治家なり。伯の後半期二十五年間の大部分は、全く政府と絶縁せられたる歳月なればなり。然れども伯が政治家としての實力及び偉大は[#「然れども伯が政治家としての實力及び偉大は」に白丸傍点]、寧ろ此の後半期に於て十分發揮せられたりき[#「寧ろ此の後半期に於て十分發揮せられたりき」に白丸傍点]。朝側の二大勢力たる山縣伊藤兩公も、時としては此の二大勢力の聯合したる政府も、其の系統を承けたる桂内閣も、乃至西園寺内閣も、最も大隈伯の存在を重視し、大隈伯の活動を畏憚し、大隈伯の監視、批評、向背に對して喜憂を感じたるのみならず、伯の意見は往々日本國民の利害を代表するものとして列國の政府及び國民を聳動したる場合少なきに非ず。伯豈失敗の政治家ならむや。但し伯は政權に近接したる機會に於ても、亦久しからずして之を喪ふが故に此の點よりいへば、伯は疑ひもなき政治上の失敗者なるに似たり。伯は條約改正問題を以て黒田内閣を瓦解せしめたりき。松方侯と聯合内閣を造りて其の終りを善くする能はざりき。憲政黨内閣の首相として其の統一を維持すること能はざりき
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