史を有すれども、比較的効果を擧げつゝあるものは、印度支那に於ける保護政治なりとす。而して其の功勞は主として之をラネツサン氏に歸せざるべからず。我が伊藤統監を以て此の二人に比するは、未だ其の時機を得たるものに非ずと雖も、侯が日本に於て最初の保護國統治者たる名譽を得たると共に、其の韓國に施設する所は、事の大小を問はず、均しく内外の注目を集中すること、恐らくはクローマー男にも將たラネツサンにも過ぐるものあるべし。况むや侯は政治家としての聲望固より夐に此の二人の上に出づるをや。
クローマー男は模範英人ともいふべき實行家にして、其の精敏堅實なる事務的能力は、埃及に於ける諸般の施設に顯はれたる成績能く是を證明せり。彼は高遠なる理想を以て埃及を指導するよりも、直に手を眼前の行政事務に下だして、實際上より之れを改良するの得策なるを知りて、先づ灌漑工事を興して水利を治めたりき。是れ埃及の唯一財源は耕地の收穫に在るが故に、治水を以て財政整理の前提と爲さむとするに外ならざりき。此成算は果して誤らずして財政漸く整理の緒に就き、公債を償還し徭役を全廢し、窮民地方の地租十分の三を輕減したるも猶ほ豫算に剩餘を見た
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