の情形不穩にして鐵道保護の必要ありと稱して、兵力を以て之れを占領し、尋で露國關東總督アレキシーフと盛京將軍増祺との間に、滿洲に關する密約締結せられたりとの報ありしがゆゑに、公は同盟會員を私邸に招集し、我政府をして滿洲占領の撤兵及び露清密約の成立に反對するの方法を執らしめむことを決議したりき[#「我政府をして滿洲占領の撤兵及び露清密約の成立に反對するの方法を執らしめむことを決議したりき」に傍点]。
 既にして露清特約更に露都に於て成立を告げむとするや、公は清國の大官重臣に警告するに、極力特約に抗拒すべきを以てし、我政府も亦公等の主張を容れて、露國政府に露清特約を廢棄すべしと忠告すると同時に、清國全權に向ても特約に調印すべからずと通告したり。斯くて露清條約は成立せざるを得たりと雖も、露國は依然事實上の滿洲占領を繼續したるを以て、公は滿洲開放統治策を起草し、之れを劉坤一、張之洞の兩總督に贈りたり。其の大意、滿洲を開放して[#「滿洲を開放して」に傍点]、各國の利權を均霑せしめ[#「各國の利權を均霑せしめ」に傍点]、以て其の領土を保全するの得策なるに如かずといふに在り[#「以て其の領土を保全するの得策なるに如かずといふに在り」に傍点]。此の論亦久しからずして世界の公論と爲れり[#「此の論亦久しからずして世界の公論と爲れり」に白丸傍点]。後ち公は自ら清韓兩國に遊び、親しく兩國の大官名士と會見し、共に力を大局の支持に致さむことを約して歸り、爾來公の意見は、大抵我當局者の施設と其の歸著を同うし、小村壽太郎氏の外務大臣たるに及で、日英同盟の締結と爲り、滿洲撤兵の談判と爲り、今や時局も遠からずして將に解決せられむとするの時機に際會するを得たり。是れ豈公が初めて清國保全の大旨義を唱道して國論を統一したるの功に由らずと謂はむや[#「是れ豈公が初めて清國保全の大旨義を唱道して國論を統一したるの功に由らずと謂はむや」に白丸傍点]。

      伊藤侯との關係
 公は内治外交の政策に付ては、終始多く伊藤侯と衝突して、多く大隈伯と接近するの傾向を有したりき。然れども其の個人的位地よりいへば[#「然れども其の個人的位地よりいへば」に白丸傍点]、公は最も早く伊藤侯に接近したる人にて[#「公は最も早く伊藤侯に接近したる人にて」に白丸傍点]、大隈伯とは[#「大隈伯とは」に白丸傍点]、松隈内閣組織の頃[#
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