經營なるべし。其の成敗は則ち市の能否を試驗する所以なれば、氏夫れ二十年來鍛錬し得たる手腕を揮つて世間の群小を一齊屏息せしむるを得るや否や。(三十九年八月)

     尾崎市長と大岡市會議長

 尾崎行雄氏は東京市長として未だ世間に誇るに足るものなくして、却つて群小嘲弄の標的たらむとするは氣の毒の至りに堪へず。前に氏の市長に就任するや、故星亨の殘黨たる郡市懇話會、之れに反對して起りたる公民會、及び餘の中立派は、悉く相一致して氏を助くるの態度を示したりき。而も時を經るに從ひ、氏は漸く市民の代表者に重むぜられず、最も氏を信用したる公民會派すらも、氏に對する同情は以前の如く深厚ならざむとするに至れり。氏の位地は幾たびか危急に迫れりと報ぜられたりき。氏の名節を惜むものは寧ろ氏が辭職の斷あらむことを望みたること一再に止らざりき。特に電車問題に關する氏の失敗は、氏をして最後の處決に出でしむるに十分の理由あるものなりき。氏は東京市會が電車市有の決議を爲したるを見て、直に屬僚に命じて市有案を編制せしめつゝありしに、市參事會員は其の同一屬僚をして更に反對の立案を爲さしめたりといへり。市參事會員の行動斯くの如く、市會の形勢亦飜雲覆雨して、氏に求むるに市有案の撤囘を以てしたるに至ては、是れ氏に向て詰腹を切らしめむとするに均し。而も氏は尚ほ晏如として市廳に眠る。知らず氏の意氣銷沈したるか、將た大に將來に期する所あるか。
 茲に東京市會議長の大岡育造氏といへる大政治家あり。世間或は氏を以て市長の椅子を窺※[#「穴かんむり/兪」、第4水準2−83−17]し、陰に尾崎氏を構陷するの謀主と爲すものあり。其の果して然るや否やは記者の知る所にあらざるも、兎に角尾崎氏は自己の身邊に油斷のならぬ強敵を控へ、絶えず其の脅かす所となるものゝ如くに見做されたり。誠に危險千萬の話なれども、而も此の強敵あるが爲に、此の位地は却つて倒れむとして倒れず、今日まで安全に支持し得らるゝの状あるは奇なりと謂ふべし。
 大岡氏は巧慧機敏の才子にして善く謀り善く働くと稱せらる。之れに反して尾崎氏は正直なる神經質の人物にして、常に上品の手段を以て上品の目的を達せむとし、其の心術に一點の横着なきがゆゑに、頗る野暮にして融通の利かぬ堅氣者に似たり。されば小手先の器用を喜ぶものは、大岡氏に意を寄する多かるべきも、唯だ東京市民は市長として
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