「実験はやっています」
 とその男は平然と答えてバケツの中を指した。それは不思議な黒ずんだ色を持った液体であった。はじめは液面は平かに静止していたがややあって、すこし表面波の小さいのが現れたと思うとポッカリと真黒い二|糎《センチ》立方位の物が浮かび出でた。よくみると、それは小さい鵜烏《うがらす》であった。全身は真黒で、嘴《くちばし》だけが朱色《しゅしょく》に輝いていた。その烏は科学者の方をジロジロと見廻しているようであったが、呀《あ》ッという間もなく液体のなかにもぐってしまった。すると又ヒョクリと浮かび上がって来るのであった。その男の言うところによると、これは生きている烏ではなく、鵜烏の模型なのだそうである。ただ或る仕掛けによって斯くは不思議な運動をするのだそうである。科学者はその仕掛けについて質問したがその男は、それを話しては商売にならぬから、説明書を金十銭で買えと薦《すす》めた。しかし科学者は、科学者たるの名誉を以てそれを拒絶すると同時に、バケツの前にしゃがみこんで考えた。
 或る物体が液面に浮かび出、又沈むというのは明かに浮力の作用である。見たところ液体は一定の密度を持っているら
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