出して行ったのだった。多|分《ぶん》始めから脱走する心算《つもり》だったらしい、と一同の意見は一致した。――其の時、急に此の脱走したと思った死刑囚が、一行の前にヒョックリ現れたので、一同は驚いた。いやそれよりも一層驚かされたことは、この死刑囚の声音《こわね》がすっかり違って仕舞ったことと其の話の中に盛られた内容なり考えなりが全く別人のようになっていた。其の時、やっと、気が付いたことは、これこそ例の怪人の一人が死刑囚を殺し、其の皮を剥ぎ、服装《なり》も一緒にこれを怪人が着《ちゃく》しているのだという事が判った。
 一行は怪人に其の不道徳を詰問《きつもん》したが、一向要領を得なかった。というのも怪人は人を殺すということなんか、別に罪悪だと考えられぬらしい面持《おももち》であった。
 一行と怪人との争闘《そうとう》が始まったが、結局一人の怪人に一行は全く征服されてしまう。怪人は人間より遥かに強かった。又学術的に勝《すぐ》れた頭脳を持っているようであった。其時《そのとき》、汽笛のような音響がした。死の谷に立ちのぼる白気《はっき》は愈々《いよいよ》勢いを増した。怪人は一同に別れを告げて去った。一行は見す見すこの恐るべき殺人犯人を見遁《みのが》すより外に仕方がなかった。
 ――それから数分後、一大音響と共に、突如、死の谷から空中に浮び上った巨大なる物体があった。それは大きな飛行船を縦《たて》にしたようなものであった。それは恐ろしい速力で飛び去った。その速力は光の速力に近いもので人間には迚《とて》も出せそうもないものであった。
 でこの解決を物理学界の某博士がつけている。
「この怪人こそは、金星に棲息《せいそく》する者である。彼はラジウム・エマナチオンで、斯《か》くの如き怪速力を出して居るものと思う。地球への来訪の意味は不明だが、多分生物学研究にあるらしい。
 最後に予は断言する。この怪人達は、地球人類とは全く別箇の系統から発達進化した生物である。換言《かんげん》すれば彼の怪人は、植物の進化したものである。故《ゆえ》に銃丸が入っても別に死せず、唯「緑の汚点《おてん》」として発見せられた緑汁《りょくじゅう》の流出があるばかりである。殺人罪といったような不道徳を怪人が解せなかったのも、抑々《そもそも》植物には情感のないことを考えてみてもよく判ることではないか。……」
 植物系統の生物というところが此の科学小説のヤマであるが、小説として構想の奇抜なことは勿論、実際の学問の上から言っても大いに考えて見る可《べ》き問題ではあるまいか。



底本:「海野十三全集 別巻2 日記・書簡・雑纂」三一書房
   1993(平成5)年1月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1928(昭和3)年1月号
※初出時の署名は、佐野昌一です。
入力:田中哲郎
校正:土屋隆
2005年5月3日作成
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