まだそのほかに二三の退屈な注意を与えると、将軍はロブィトコの顔に一瞥をくれて、にやりと笑った。
「それからロブィトコ中尉、君は今日ばかに沈んだ顔をしとるなあ」と彼は言った。「ロプーホヴァ夫人が恋しいかな? どうじゃ? なあ諸君、この男はロプーホヴァが恋しゅうてならんとさ!」
ロプーホヴァというのは頗る肥った頗る背の長い婦人で、もうとうの昔に四十の坂を越していた。将軍は、自分が大柄な女さえ見れば年はどうあろうと食指を動かすたちだったものだから、部下の将校たちにも同様の好みがあるように勘ぐっているのだった。将校たちは恭しくにんまり笑った。旅団長は何はともあれ頗る滑稽な毒舌を一発くらわしたので嬉しくなって、からからと笑いだし、馭者の背中をちょいとつついておいて、挙手の礼をした。馬車は先へ進んでいった。……
『思えば、おれが現在空想しているようなこと、現在おれには有り得べからざる、到底この世のものではないように思われることの一切も、実のところは頗る平々凡々たる事柄にすぎんのだ』とリャボーヴィチは、将軍の馬車のあとを追っかけて行く濛々たる砂塵を眺めながら考えるのだった。『何もかも頗る平凡な
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