証明しなければならなかつた、だがこれは少し後の話である。
はじめ伊曾は、幾分不良性のある令嬢といふ注意がき附きで或る友人から劉子を紹介された。これは伊曾のやうな男にとつては実に滑稽《こっけい》な注意であつたに異《ちが》ひない。彼はこの注意がきの底に、聡明さによつて結婚前の暇をたまらなく持て余してゐる、一人の少女を想像せずには居られなかつた。
彼は劉子に会つた。意外なことに、彼は劉子の智によつて磨かれた容姿の端麗さに、彼には不似合なほどの強い驚異を感じた。その端麗さは彼の想像を知らず知らずレカミエ夫人の方へ牽《ひ》きずつて行つた。
一体伊曾は画家には風変りなくらゐ歴史や自然科学に凝る男で、実に雑多な知識を彼一流の明晢《めいせき》な方法でその脳襞に蓄積してゐた。彼の画《え》がこれらの知識によつて頭脳的に構成されたものであることは事実だつた。この様にして彼は、ルイ王朝の一つの秘密についても知つてゐた。それはレカミエ夫人がその端麗無比な容姿を裏切つて、性的に一種の不具だつた事実である。この知識が彼に禍《わざわい》した。
彼の獣性は半ば惰力によつて回転をはじめてゐた。彼は劉子の端麗さに総《すべ》ての野蛮人に共通な或る恐怖に似た感情を抱きながら、しかも彼女を、眠り込んだまま彼の××に攀《よ》ぢ登るあらゆる少女並に扱つたのである。彼は機械的に彼女を××××誘つた。ところが劉子は醒《さ》めたままで×××登つた。反対に眠り込む状態に置かれたのは伊曾である。劉子の端麗さはその程度にまで高かつた。
伊曾は劉子を経験した。けれど彼女を犯し得なかつた。彼は劉子にレカミエ夫人と全く同じの不具を発見したのである。
これは何であらう! 容姿の相似が肉体の同じ不具に根ざしてゐようとは。流石《さすが》の伊曾もそんな学説までは知らなかつた。明らかにこれは偶然であつた。この偶然が伊曾を混乱させた。彼は習慣に甘やかされ眠り込んだ意識の状態から急に呼び起された。すべてが急速に転廻し、彼は一時あらゆる自己の見解を奪はれた。これは天罰に近いものだつた。
が、間もなく一つの奇蹟《きせき》が行はれはじめてゐた。不具の故に伊曾は劉子に牽《ひ》かれるのを感じはじめたのである。劉子の場合、その性的不具は一つの完成のやうに見えた。
全く劉子は愕《おどろ》くべき一つの完成であつた。彼女は柔軟や叡智《えいち》や健康などのあらゆる女性の美徳を典型的に一身に具現しながら、しかもそれらの衰褪《すいたい》から全く免れてゐる異常な少女に異ひなかつた。美の脆弱《ぜいじゃく》さが彼女には欠けてゐた。その不具によつて、劉子のは象牙《ぞうげ》の彫像のやうに永遠に磨滅することのない美であつた。これは永遠の不具|乃至《ないし》は完成であつた。総ての女性はその美の脆弱さによつて男性の感情の弱さにつけ入る。が劉子の場合、彼女はその美の硬さによつて伊曾の強さにつけ入つたと言ふべきだらう。彼は劉子を驚異した。彼は新たな一つの意識に眼ざめた幼児の輝かしさで彼女を見た。全く別の情欲が彼を囚《とら》へてゐた。レカミエ夫人の秘密についての彼の法医学がかつた知識が彼の劉子への愛慕を不思議に聖化した。
彼等は主に朝の時間、外苑の透明な空気の中で会ふことにしてゐた。劉子は彼女の家に近い小さな陸橋を渡つて来た。伊曾はその反対側の赤|煉瓦《れんが》の兵営の蔭を、紫色に染まりながら大股《おおまた》に歩いてやつて来た。そして大抵は先に来て、青いベンチの前の砂利《じゃり》にパラソルの尖《さき》で何かの形を描きながら、しかも注意ぶかくあたりを警戒してゐるらしい彼女を発見した。
芝生の植込に彼は遠くから劉子の姿を見つけるのだつた。たしかに跫音《あしおと》はそれと聞えるに異《ちが》ひない距離になつても、彼女はその端麗な姿勢を決して崩さうとしなかつた。しつかりした跫音が彼女の真前《まんまえ》にとまるとはじめて劉子は顔を上げて、きつぱりした態度で伊曾をまともに視《み》た。その眸《ひとみ》は殆《ほとん》ど彼等の恋愛を詰問するかの様に智によつて澄みかへつてゐた。
伊曾は外苑の朝の光のなかに彼女を置くことを愛した。朝の光線は次第に強まる輝きにもかかはらず、どこかに軽微な暗灰色を蔵してゐた。これが彼女の皮膚の明晢《めいせき》さに或る潤《うれ》ひを与へる様に思はれた。彼等は並んでベンチに腰をおろした。伊曾は強い香気を嗅《か》いだ。しかし何の温度も感じなかつた。これは他の女たちによつて彼が曾《かつ》て経験したことのない不思議な現象だつた。彼は劉子の白い肉体を人並以上に温い血がめぐつてゐるのを直接触れて知つてゐた。が、彼女の体温はその皮膚の外には全然発散されないものの様だつた。それは彼女自身の衣服にさへも移らないかの如《ごと》く見えた。彼女の
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