、なんだかその……ひどく現実的だなあ。」
 そのじつ内心では、なるほどその通りだ! と思ったね。
 家内はことばをつづけて、――
「思案はもう沢山だわ、――とにかく幸先《さいさき》はいいんだから、さあ早く服を着かえて、一緒にマーシェンカのところへ行きましょうよ。わたしたち、今日はあの家でクリスマスを迎えることになっているのよ。それにあなたも、あの子や弟さんに、お目出とうを言わなくちゃいけないわ。」
「恐悦至極」と僕は言って、一緒に出かけた。

      ※[#ローマ数字4、1−13−24]

 先方に着くと、まず贈物の捧呈式があり、ついで祝詞の言上があり、それからわれわれ一同は、シャンパーニュ州の妙なる美酒にいいかげん酩酊した。
 もはや斯くなる上は、思案も相談も諫止《とめだて》も、いっさい手おくれだ。残されたことはただ一つ、婚約の二人の行手に待っている幸福にたいする信念を、一同の胸中に守《も》り立てて、シャンパンを飲むだけである。まあそんなあんばいで、あるいは僕の家で、あるいは花嫁の実家で、日は夜につぎ、夜は日についだというわけだった。
 そうした気分でいると、時の長さを覚えるなんてことはまずあるまいね?
 全くあっと思うまもあらばこそ、たちまちもう大晦日が来ていた。よろこびを待ちもうける気分は、ますます濃くなってくる。世間の人は誰もかれも、よろこびごとを祈念して胸をわくつかせているが、もとより僕たちも敢えて人後に落ちなかった。僕たちは又もやマーシェンカの実家で新年を迎えたが、それこそわれらが先祖の言葉じゃないが『たらふくたべ酔うた』もので、まさに『飲む楽しみはロシヤならでは』という先祖の名言を、みごと実証してのけた次第だった。そのなかで、ただ一つだけ芳ばしくないことがあった。というのは他でもない、――マーシェンカの親父さんは、相変らず持参金のことはおくびにも出さずにいたが、その代り娘に、奇妙きてれつな贈物をしたのだ。いや、奇妙なばかりじゃなくて、後になって僕にも分ったことだが、それは全く許すべからざる、縁起のわるい贈物だったのだ。彼は夜食の最中に、一同の眼のまえで、手ずから娘のくびに、立派な真珠の首飾りをかけてやったのだよ。……われわれ男連中は、その品物を一瞥して、むしろ『こいつは素晴らしいわい』と思ったものだった。
「ほほう、――あれは一体どのくらいの値打ち
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