ところに、ぽつぽつと小さな水の垂れた痕があつて、それが右手の外陣のあたりまでずうつと続いてゐただけです。何か漏《も》るバケツでも運んでいつた跡のやうに見えました。
内陣は金色の聖障にさへぎられて、何一つ見えないのですが、なんだかほんのりした光が中にこもつてゐるやうな気がしました。そのため内陣の天井のあたりは、うつすらと薔薇《ばら》色に煙つてゐるやうに思はれました。何かしら温かい感じのあるのはそこだけで、あとはそらぞらしい一面の散光でした。金色の聖障に描きならべてある聖者たちの像までが、そんな光線のなかでは変にけばけばしい、うそ寒い感じを吹きつけてくるのでした。
「ほら、あの辺が最後まで死骸《しがい》が残つてゐた場所なのよ」と、Hさんは外陣の一角を指さして見せました。それは例のバケツの水みたいな痕が行つてゐる先のところでした。質素な木の長|椅子《いす》が五六脚つみ重ねてあるだけで、もちろん何一つ目につくやうなものはありませんでした。
さうです、それは初めから分りきつてゐたことなのです。千恵がばかだつただけの話なのです。
「古島さんがゐると、内陣の中が見せてもらへるんだけどねえ」
と
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