してやおぽんぽもまだ大きくなつてはをりません。……こんな話が出ると、顔を赤くなさるのはきまつてお母さまの方で、姉さまや千恵は却《かえ》つてけろりとした顔をしてをりましたつけね。ずいぶん昔の思ひ出です。もう一つついでに、あれはまだお父様の御在世中のことで、もう十年あまりも前のことになるでせうか、姉さまの縁談で仲うどのCさんが見えてゐた時、お母さまは「……たしかあれはまだ処女のはずで……」と仰《おっ》しやいましたつけね。あの時ちやうどドアのかげで、こつそり立聴きしてゐた姉さまと千恵とは、もうをかしくつてをかしくつて笑ひがとまらず、両手で顔をおさへて這《は》ふやうにして奥へ逃げこんだものでした。あの頃のことを思ひ出すとまるで夢のやうな気がします。
そのCさん御夫妻が間もなく亡くなり、つづいてお父様が、やがて姉さまの縁づいた先のS家のお父様もなくなりました。あんまり死が立てつづけに続くので、ついその方に気をとられてゐるひまに、大陸の方の戦争はいつのまにか段々ひろがつて、たうとう潤吉兄さまは応召将校として大陸に渡つておいでになつたのでしたね。かうしてS家には、お母さまと姉さまと、それにまだ赤ん
前へ
次へ
全86ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング