奥さんがわたしを引取って、勉強させてくれた。そう。やがて大きくなって、家庭教師になった。だが一たい自分が、どこの何者なのか――さっぱり知らないの。……両親がどういう人だったか、正式の夫婦だったかどうか……それも知らない。(ポケットからキュウリを出してかじる)なんにも知らないわ。(間)いろいろ話もしたいけれど、話相手もなし……。わたしには誰《だれ》もいないんだもの。
エピホードフ (ギターを弾きながら歌う)
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浮世を捨てしこの身には
友もかたきも何かせん……
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マンドリンを弾くのは、いいもんだなあ!
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ドゥニャーシャ それはギターよ、マンドリンじゃないわ。(ふところ鏡を見ながら白粉《おしろい》をはたく)
エピホードフ 恋に狂った男にとっちゃ、これもマンドリンさね。……(口ずさむ)
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たがいの恋の炎もて
胸もえ立ちてあるならば……

ヤーシャ、声をあわせる。
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シャルロッタ すごい歌い
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