ネーフスカヤ わたし、もうちょっとだけ坐ってみよう([#ここから割り注]訳注 旅立ちの前に、しばらく腰をおろす習慣がロシア人にある[#ここで割り注終わり])。わたしまるで、今まで一度も、この家の壁がどんなだか、天井がどんなだか、見たことがないみたい。今になってやっと、見ても見飽きない気持で、たまらなく懐《なつ》かしい気持で、眺《なが》めるんだわ……
ガーエフ いまだに覚えてるが、わたしが六つのとき、聖霊降臨《トロイツァ》の日曜日に、わたしがこの窓に腰かけて見ていると、お父さんが教会へ出かけて行ったっけ……
ラネーフスカヤ 荷物はみんな出まして?
ロパーヒン どうやら、みんなです。(外套を着ながら、エピホードフに)いいかい、エピホードフ、あとは宜しく頼むよ。
エピホードフ (しゃがれ声で)ご心配なく、行ってらっしゃいまし。
ロパーヒン 一体どうしたんだ、その声は?
エピホードフ いま水を飲んだ拍子に、何かのみこみましたんで。
ヤーシャ (軽蔑《けいべつ》して)間抜けめ!
ラネーフスカヤ わたしたちが行ってしまうと、ここには人っ子ひとり残らないのねえ……
ロパーヒン 春が来るまではね。
ワ
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