え。ならんでお坐《すわ》り、ほらね、こう。

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みなみな腰をおろす。
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ロパーヒン わが万年大学生先生は、いつもお嬢さんがたと一緒だね。
トロフィーモフ 君の知ったことじゃない。
ロパーヒン この人は、そろそろ五十になるというのに、相変らずまだ大学生だ。
トロフィーモフ 愚劣な冗談はいい加減にしたまえ。
ロパーヒン 何を怒るんだね、変ってるなあ?
トロフィーモフ ほっといてくれったら。
ロパーヒン (笑う)ところで一つ伺うけれど、君は僕《ぼく》のことを、なんと思ってるかね?
トロフィーモフ 僕はね、ロパーヒン君。こう思ってますよ――あんたは金持だ、おっつけ百万長者になるだろう。新陳代謝の意味では、猛獣が必要だ。なんでも手当り次第、食っちまうやつがね。君の存在理由も、要するにそれさ。

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一同わらう。
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ワーリャ ねえペーチャ、あんたは遊星《ほし》の話でもしたほうが似合うわ。
ラネーフスカヤ それよか、どう、きのうの話の続きをしたら。
トロフィーモフ なんの話でしたっけ?
ガーエフ 人間の誇りのことさ。
トロフィーモフ きのうは、長いこと議論したけれど、けっきょく結論は出ませんでしたね。あなたの言われる意味で行くと、人間の誇りなるものには、何か神秘的なところがありますね。まあそれも、一説として正しいかも知れません。がしかし率直に、虚心坦懐《きょしんたんかい》に判断してみるとです、そもそもその誇りなるものが怪しいと言わざるを得ない。げんに人間が生理的にも貧弱にできあがっており、その大多数が粗野で、愚かで、すこぶるみじめな境涯《きょうがい》にある以上、誇りとかなんとかいっても、なんの意味があるでしょうか。自惚《うぬぼ》れはいい加減にして、ただ働くことですよ。
ガーエフ どっちみち死ぬのさ。
トロフィーモフ わかるもんですか? 第一、死ぬとは一体なんでしょう? もしかすると、人間には百の感覚があって、死ぬとそのうちわれわれの知っている五つだけが消滅して、のこる九十五は生き残るのかも知れない。
ラネーフスカヤ なんてお利口さんなんでしょう、ペーチャ! ……
ロパーヒン (皮肉に)おっそろしく
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