からな。そいつはたまらんからなあ。
ドゥニャーシャ (そっと咳《せき》をする)葉巻のけむで、あたし頭痛がしてきたわ。……(退場)

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ヤーシャは居残って、礼拝堂のそばに坐る。ラネーフスカヤ夫人、ガーエフ、ロパーヒン登場。
[#ここで字下げ終わり]

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ロパーヒン 最後の肚《はら》をきめて頂きたいですな、――時は待っちゃくれません。問題はなんにもありゃしない。この土地を別荘地として出すのに、ご賛成かどうか? 否《いや》か応か、一こと返事してくださればいいんです。たった一言!
ラネーフスカヤ 誰だろう、ここで嫌《いや》らしい葉巻をふかすのは! (腰をおろす)
ガーエフ 鉄道が敷けてから、便利になったものさ。(腰をおろす)こうして町へ出かけて、ひる飯をやってこられるんだからな……黄玉は真ん中へ! 何はともあれ家《うち》へ行って、一勝負やりたいもんだが……
ラネーフスカヤ まだ大丈夫ですよ。
ロパーヒン ね、ほんの一言! (哀願するように)ねえ、どうかお返事を!
ガーエフ (あくびまじりに)なんだね、そりゃ?
ラネーフスカヤ (巾着《きんちゃく》をのぞいて)昨日はお金ずいぶん沢山あったのに、今日はからっきしないわ。ワーリャは可哀《かわい》そうに、なんとか切りつめようとして、わたしたちにはミルクのスープを出し、勝手もとじゃ年寄り連中にエンドウ豆ばかり食べさせてるというのに、わたしは何やら訳もわからない無駄《むだ》づかいをしている。……(巾着をとり落す。金貨がばらばらこぼれる)あら、こぼれちまった……(無念の思い入れ)
ヤーシャ ご免ください、ただ今ひろって差上げます。(金貨をひろう)
ラネーフスカヤ ご苦労さん、ヤーシャ。それにわたし、なんだってお午《ひる》なんか食べに行ったんだろう。……あなたご推奨のあのちゃちなレストラン。音楽つきだかなんだか知らないけれど、テーブル・クロスがシャボンくさかったわ。……おまけに、なぜあんなに沢山のむことがあるの、ええリョーニャ? なぜ、あんなにどっさり食べたり、しゃべり散らしたりすることがあるの? 今日もあのレストランで、あんたは散々またおしゃべりをして、それがみんな、とんちんかんだったじゃないの。七〇年代([#ここから割り注]訳注 一八七〇年代。ナロードニキー運動の全盛時代
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