さなって、あの青い空……
トロフィーモフ 奥さん! (夫人は彼をふりかえる)僕《ぼく》はちょっとご挨拶だけして、すぐ引きさがります。(熱烈に手にキスする)朝まで待つように言われたんですが、とても我慢がならないもんで……

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ラネーフスカヤ夫人、けげんそうに彼を見る。
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ワーリャ (涙ごえで)ペーチャ・トロフィーモフよ……
トロフィーモフ ペーチャ・トロフィーモフ、お宅のグリーシャの家庭教師でした。……僕そんなに変ったでしょうか?

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夫人は彼を抱いて、静かに泣く。
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ガーエフ (当惑して)もういい、もういいよ、リューバ。
ワーリャ (泣く)だから言ったじゃないの、ペーチャ、あしたまでお待ちなさいって。
ラネーフスカヤ わたしのグリーシャ……ああ坊や……グリーシャ……可愛《かわい》い子……
ワーリャ 仕方がないわ、お母さん。神さまの思召《おぼしめ》しですもの。
トロフィーモフ (やさしく、涙ごえで)いいですよ、もういいですよ……
ラネーフスカヤ (静かに泣く)あの子は死んだ、溺《おぼ》れてしまった。……なぜなの? なぜでしょう、あなた? (声をひそめて)あすこでアーニャが寝ているのに、わたし大きな声して……うるさいわね。……まあ、どうなすったの、ペーチャ? どうしてそんなに風采《ふうさい》が落ちたの? なんだってそう老《ふ》けなすったの?
トロフィーモフ 汽車のなかでも、どっかの百姓|婆《ばあ》さんに、“ねえ、禿《は》げの旦那《だんな》”って言われました。
ラネーフスカヤ あなたはあのころ、まるで子供で、可愛い学生だったわ。それが今じゃ、髪の毛も濃くはないし、眼鏡まで。ほんとに、今でも大学生なの? (ドアのほうへ行く)
トロフィーモフ きっと僕は、万年大学生でしょうよ。
ラネーフスカヤ (兄に、それからワーリャにキスする)さあ、行っておやすみなさい。……あなたも老けたわねえ、レオニード。
ピーシチク (夫人のあとにつづく)では、これでおねんねか。……ええ、この足痛風めが。今日は泊めていただきますよ。……とにかくわしは、ねえ奥さん、あすの朝にゃ……二百四十ルーブリというものが……
ガー
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