って言うんだわ。……ああどうしよう!』
 彼女は身も世もあらぬ気持になる。頭も、足も、手も冷たくなって、自分ほど不仕合せな人間は世界じゅうに一人もないような気がする。それから更に一分ほどすると、話し声が聞こえてくる。あれは獣医がクラブから帰って来たのだった。
『まあ、よかったわ』と彼女は思う。
 心臓のおもしがだんだんひいて行って、ふたたびほっと楽な気持になる。彼女はまた横になって、サーシャのことを考えつづける。当のサーシャは隣の部屋でぐっすり寝入っていて、時々こんな寝言をいっている。――
「よおし覚えてろ! あっちい行けったら! 乱暴するない!」

     訳注

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『ティヴォリ』――ローマ付近にある名勝の地にちなんだ名である。
大斎期――復活祭にさきだつ七週間。三月から四月にまたがるのが普通である。
御受難週――復活祭にさきだつ一週間。
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底本:「可愛い女・犬を連れた奥さん 他一篇」岩波文庫、岩波書店
   1940(昭和15)年10月5日第1刷発行
   2004(平成16)年9月16日改版第1刷発行
※底本では「訳注」に底本の頁数が書かれています。
入力:佐野良二
校正:阿部哲也
2007年12月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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