げた。
「いんや、なかなかそうでねえ。今度はひとつ、組打ちと行きやしょう」とセルゲイは、渦まき髪をさっと後ろへさばきながら、真向からいどみかかった。
「いいともさ、さあかかっておいでな」と、つい面白くなったカテリーナ・リヴォーヴナは答えて、両の肘をもちあげた。
セルゲイは若いお内儀に組みつくと、相手のむっちりと盛りあがった胸を、じぶんの赤いルバーシカへ押しつけた。カテリーナ・リヴォーヴナは、わずかに両肩を一揺りゆすり上げようとしたばかりで、セルゲイにまんまと床《ゆか》から釣りあげられ、暫くはそのまま両手でぎゅっと抱きしめられたあげく、引っくり返しの枡の上にふわりとおろされた。
カテリーナ・リヴォーヴナは、得意の腕っぷしを使おうにも、そのひまが結局なかったのだ。赤いどころか、それこそまっ赤になった彼女は、そのまま枡に腰かけて、肩からずれ落ちた外套を引きつくろうと、そっと穀倉から出ていった。いっぽうセルゲイは、威勢のいい咳払いを一つして、こう呼ばわったのである。――
「やいみんな、この間抜野郎め! ぽかんとしてずに、さっさと粉を入れるんだ、うっかり量り込まずにな。塵もつもれば山となる、って言わあ。」
今しがたの事なんか、けろりと忘れたような顔だった。
「あれで中々の女たらしなんでございますよ、あのセリョーシカのやつ!」と、よちよちカテリーナ・リヴォーヴナの後ろからついて行きながら、おさんどんのアクシーニヤは説明するのだった。「あの騙児《かたり》め、上背《うわぜい》といい、お面《めん》といい、男っぷりといい、――ちょいと水際だっておりますからねえ。この女と見当をつけるが早いか、あの極道者、あっという間にもう蕩しこんで、ものにして、果ては身をあやまらせてしまうんですよ。おまけにもう、根が大の浮気もんでしてね、移り気も移り気、――昨日は東、今日は西って調子なんでございますよ!」
「でどうなの、アクシーニヤ……あの……」と、彼女の前に立って歩きながら、若いおかみさんが言った、――「お前さんの子は生きてるかい?」
「生きとりますよ、おかみさん、生きとりますよ――どうして中々! 憎まれっ子、世にはばかるって、この事でございますよ。」
「いったい誰の胤なのさ?」
「いえなに! つまりまあ、父《てて》なし児でございますよ――こうして大勢の男衆にまじっていますもんで――父なし児でご
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