た未だ曾つて嘘をついた例しのない老人として有名な、イヴァン・イヴァーノヴィチ・アンドローソフという商人からも聞いた。この商人はじきじきその眼で「猛犬どもが坊さんたちの衣をずたずたに裂く」有様を見ながら、「罪障をわが魂に着る」ことによって、からくも伯爵の魔手をのがれたのである。やがて伯爵が彼を面前へ呼び出して、「お前はきやつらを不憫に思うか?」とたずねたとき、アンドローソフは「とんでもござりません、閣下、ああしてやるのが当然でござります。のそのそほつき※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って、うるさい手合いでござります」と答えた。それでカミョンスキイは彼を赦免したのだった。
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 その伯爵というのは、リュボーフィ・オニーシモヴナの話によると、何しろしょっちゅう癇癪ばかり起しているので、なんとも見られぬ醜怪な容貌で、同時に狼にも虎にも蛇にも、その他ありとあらゆる獣に似ていたそうである。けれどアルカージイは、そうした獣めいた御面相にさえも、よしんば束の間のこととはいえ、たとえば伯爵が劇場の枡に納まっている時など、余人にはあまり見られぬ堂々たる威厳が見えているとい
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