か、意識《いしき》と意旨《いし》とがある。が、作用《さよう》には何《なに》もない。死《し》に對《たい》して恐怖《きようふ》を抱《いだ》く臆病者《おくびやうもの》は、左《さ》の事《こと》を以《もつ》て自分《じぶん》を慰《なぐさ》める事《こと》が出來《でき》る。即《すなは》ち彼《か》の體《たい》を將來《しやうらい》、草《くさ》、石《いし》、蟇《ひきがへる》の中《うち》に入《い》つて、生活《せいくわつ》すると云《い》ふ事《こと》を以《もつ》て慰《なぐさ》むることが出來《でき》る。
『其《そ》れとも物質《ぶつしつ》の變換《へんくわん》……物質《ぶつしつ》の變換《へんくわん》を認《みと》めて、直《すぐ》に人間《にんげん》の不死《ふし》と爲《な》すと云《い》ふのは、恰《あだか》も高價《かうか》なヴアイオリンが破《こは》れた後《あと》で、其明箱《そのあきばこ》が換《かは》つて立派《りつぱ》な物《もの》となると同《おな》じやうに、誠《まこと》に譯《わけ》の解《わか》らぬ事《こと》である。』
時計《とけい》が鳴《な》る。アンドレイ、エヒミチは椅子《いす》の倚掛《よりかゝり》に身《み》を投《な》げて、眼《め》を閉《と》ぢて考《かんが》へる。而《さう》して今《いま》讀《よ》んだ書物《しよもつ》の中《うち》の面白《おもしろ》い影響《えいきやう》で、自分《じぶん》の過去《くわこ》と、現在《げんざい》とに思《おもひ》を及《およぼ》すのであつた。
『過去《くわこ》は思出《おもひだ》すのも不好《いや》だ、と云《い》つて、現在《げんざい》も亦《また》過去《くわこ》と同樣《どうやう》ではないか。』
と、彼《かれ》は其《そ》れから患者等《くわんじやら》のこと、不潔《ふけつ》な病室《びやうしつ》の中《うち》に苦《くる》しんでゐること、杯《など》を思《おも》ひ起《おこ》す。『未《ま》だ眠《ねむ》らないで南京蟲《なんきんむし》と戰《たゝか》つてゐる者《もの》も有《あ》らう、或《あるひ》は強《つよ》く繃帶《はうたい》を締《し》められて惱《なや》んで呻《うな》つてゐる者《もの》も有《あ》らう、又《また》或《あ》る患者等《くわんじやら》は看護婦《かんごふ》を相手《あいて》に骨牌遊《かるたあそび》を爲《し》てゐる者《もの》も有《あ》らう、或《あるひ》はヴオツカを呑《の》んでゐる者《もの》も有《あ》らう、病院《びやう
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