造りの穀倉が建ち並んでいて、その重苦しくっていかつい感じは、田舎町の兵営そっくりだった。道の行手には地主屋敷の窓が明るく輝いていた。
「おっと諸君、辻占《つじうら》がいいぞ!」と、将校の中の誰かが言った。「われらのセッターが先陣を承わってるじゃないか。てっきりあいつ、獲物を嗅ぎつけたんだぜ!……」
 先頭に立っていたのはロブィトコという中尉で、背が高くがっしりした体格のくせに、口髭が一本もなく(彼はもう二十五を越しているのに、そのまるまると栄養のいい顔には、どうしたわけだか、まだ若草の萌えいずる気配もなかった)、しかも女性の存在を遠方から嗅ぎ当てるという勘と能力をもって、旅団じゅうに雷名をとどろかせている人物だったが、その時くるりと後ろを振返りざま、こう言った。――
「さよう、ここには必ずや何人かの女性がいる。おれは本能でそれがわかるよ。」
 屋敷の敷居ぎわまで将校を出迎えたのは、ほかならぬフォン=ラッベクその人で、見れば風采の堂々たる、年の頃六十ばかりの、平服を着た老人だった。客の手を順ぐりに握りながら彼は、頗るもって喜ばしい、この上もない仕合せですと歓迎の意を表したが、それに附け加えて言うには、この際おり入って将校諸君の寛恕を願いたいことは、せっかくお招きはしたものの悠《ゆる》りと御一泊が願えないことである、じつは妹が二人それぞれ子供連れで遊びに来ている上に、弟どもや近隣の地主連までが泊り込んでいるので、屋敷じゅう空いた部屋が一つもない始末だから、という挨拶だった。
 将軍は一同の手を満遍なく握って、しきりに詫びを言ったり、にこやかに笑って見せたりしていたけれど、その顔色によって判ずるに、彼がお客を喜んでいる程度は去年の伯爵の足もとにも及ばず、こうして将校連中を招待したのも、まあ礼儀としてやむを得まいという自家の見解に従ったまでのことだという事情は、ありあり見え透いていた。将校連のほうでも、ふかふかした階段を登って行きながら、主人の挨拶を傾聴しているうちに、自分たちがこの屋敷へ招待されたのは、まるっきり招待しないのも工合が悪かろう程度のものに過ぎないことが感じられて来たし、おまけに従僕たちがあたふたと駈け※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って、階下《した》の入口のところや階上《うえ》の控えの間などに燈を入れている様子を見るにつけて、自分たちはこの屋敷へとんだ迷惑や騒動を持ち込んで来たものだと、そんな気もしはじめた。多分なにか内輪の祝いごとか行事でもあって、子供づれの二人の妹をはじめ、弟たちや近隣の地主連までが寄り合ったところへ、見ず知らずの将校が十九人も乗り込んで来たのでは、義理にもよろこんで貰えるはずがあるだろうか?
 さて二階へ通ると、大広間の入口で客を出迎えたのは、背の高いすらりと恰好のいい老婦人で、眉毛の黒い面長な顔をしているところは、ウージェニー皇后〔[#割り注]ナポレオン三世の妃、一八二六年に生れ一九二〇年に歿す[#割り注終わり]〕に生写しだった。愛想のいい、しかも威厳のある微笑を浮べながら、お客様がたをわが家へお迎え申し上げてまことに喜ばしい仕合せ至極に存じますと挨拶をし、ただくれぐれもお詫び申し上げたいことは、わたくしも主人もあいにくこのたびは、将校の皆様がたにゆるりと御一泊が願える都合に参りませんことでございますと述べた。その美しい、威厳のある微笑は、彼女が何かの用でお客の傍《わき》を向くたびごとに忽然としてその顔面から消え失せるのだったが、とにかくその微笑によって判断するに、彼女はその生涯に厭というほど沢山の将校諸君を見て来たので、今じゃ将校連などはまるで眼中になく、よしんば、こうして彼らを自分の屋敷へ招いて詫びごとを言いなどしているにしても、それは彼女の受けた教育や、社交界における地位のしからしむるところに過ぎないのだ、といったことは一見して明瞭だった。
 大食堂へ将校連が通されて見ると、長いテーブルの一端に、十人ほどの紳士淑女が老若とりまぜて、お茶を前にして着席していた。その椅子の列のうしろには、ほのかな葉巻の烟につつまれて、男ばかりの一団がぼおっと霞んでいた。そのなかに、どこの何者だか痩せ形の青年が一人、ちょっぴり人参色の頬髯を生やし、つっ立っていて、変に喉仏《のどぼとけ》へからませた発音でもって何やら声高に英語を喋っていた。その一団のかげになっている扉口《とぐち》ごしには、明るい部屋が見えて、そこの家具は空色《そらいろ》ずくめだった。
「皆さん、何しろ大勢さんのことだから、とてもいちいちお引合せするわけにはゆかんですなあ!」と将軍は声高に、大いに陽気なところを見せようと努力しながら言った。「まあ皆さんで、銘々ざっくばらんにお近づきになって下さい!」
 将校連は、大真面目を通り越していかつ
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