《め》が霞《かす》んでしまったみたいで、何一つ見えないの。あなたはどんな重大な問題でも、勇敢にズバリと決めてしまいなさるけれど、でもどうでしょう、それはまだあなたが若くって、何一つ自分の問題を苦しみ抜いたことがないからじゃないかしら? あなたが勇敢に前のほうばかり見ているのも、元をただせば、まだ本当の人生の姿があなたの若い眼から匿《かく》されているので、怖いものなしなんだからじゃないかしら? わたしたちに比べれば、あなたはずっと勇敢で、正直で、深刻だけれど、もっとよく考えてね、爪《つめ》の先ほどでもいいから寛大な気持になって、わたしを大目に見てちょうだい。だってわたしは、ここで生れたんだし、お父さんもお母さんも、お祖父《じい》さんも、ここに住んでいたんですもの。わたしはこの家がしんから好きだし、桜の園のないわたしの生活なんか、だいいち考えられやしない。どうしても売らなければいけないのなら、いっそこのわたしも、庭と一緒に売ってちょうだい。……(トロフィーモフを抱きしめて、その額にキスする)坊やもここで、溺《おぼ》れ死んだんですものね。……(泣く)わたしを哀れと思って、ね、あなたは親切な、
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