降り癖がついて、それから五月、六月とぶっ続けじゃ、お話にも何にもなりませんよ! 見物はまるで来ない、だが私の方じゃちゃんと地代を納めるんじゃないですか! 芸人の払いもするんじゃないですか?」
あくる日も夕方ちかく又もや雨雲がひろがって来たので、クーキンはヒステリックな笑い声を立てながら言うのだった。――
「ええ何てこったい? 勝手に降りやがれだ! いっそ遊園ぜんたい水びたしにしちまうがいいや、いっそこの俺を水びたしにしちまうがいいや! 俺のこの世の幸福も、いやさあの世の幸福も、どうなりと勝手にしやがれだ! 芸人どもが俺を訴えたけりゃ訴えるがいいや! 裁判所がなんだい? シベリヤへ徒刑にやられたって構やせんぞ! 断頭台もあえて辞しはせんぞ! ハ、ハ、ハ!」
そのまた翌日も同様だった。……
オーレンカは黙って真剣な顔つきでクーキンの言葉を聴いていたが、時には彼女の眼に涙のうかぶこともあった。やがての果てに彼女はクーキンの不仕合《ふしあわ》せに心を動かされて、彼を恋してしまった。彼は背のひくいしなびた男で、黄色い顔をして、ちょっぴりしたもみ上げの毛をきれいになでつけて、幅のない中音《テノール》で話をして、ものを言うとき口を曲げるのが癖だった。彼の顔はいつ見ても絶望の色を浮かべていたけれど、だがそれでもやっぱり彼は、彼女の胸に正銘まぎれもない深い感情を呼びさましたのである。彼女はしょっちゅう誰かしら好きで堪《たま》らない人があって、それがないではいられない女だった。以前彼女はお父さんが大好きだったが、そのお父さんも今では病気になって、暗い部屋の肱掛椅子《ひじかけいす》に坐り込んだなり、苦しそうに息をしている。叔母さんが大好きだったこともあるが、それはときたま、二年に一度ぐらいの割合でブリャンスクから出てくる人だった。それよりもっと前には、初等女学校へ通っていた頃、フランス語の男の先生が大好きだったこともある。彼女は物静かな、気だてのやさしい、情けぶかい娘さんで、柔和なおだやかな眸《ひとみ》をして、はちきれんばかりに健康だった。そのぽってりした薔薇《ばら》いろの頬や、黒いほくろが一つポツリとついている柔かな白い頸《くび》すじや、何か愉快な話を聴くときよくその顔に浮かび出る善良なあどけのない微笑やをつくづく眺めながら、男の連中は心のなかで『うん、こりゃ満点だわい……』と考
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