から、うつかりした真似はできません。奴、どうするかと思つて、しばらく出方をみてゐると、大した腕前ぢやないことがわかりました。そんならと云ふんで、こつちは、いきなり下へもぐつて……食ひついて……」
 言葉どほりにこの話を伝へることができないのは残念だ。
 中尉は、専門的俗語を連発して、壮絶な空中一騎打ちの瞬間を描いてみせた。
「後方射手のからだがぐたりと前へのめつたやうでした。もう占めたと思ひました。それからは、機銃を実直ぐに据ゑたまゝ、後ろ十米ぐらゐの距離を保つて追つかけたんです。そのうちに、操縦者がハンドルを放して起ち上らうとしました。恐らく飛び降りるつもりだつたんでせう。しかし、……」
 と、中尉は、その姿を想ひ出すやうに、瞳を据ゑて、今度は急に、冷然と、
「もう駄目でした。タンクが火を吹きだしたと一緒に、機体は墜落です」
「操縦者は支那人でしたか?」
「えゝ、まだ若い将校のやうでした。いや、場所が丁度この上でしたから、部隊の士気が大いにあがりました。地上勤務のものは退屈してますからね。それだけがよかつたです」
 そこに居並ぶ部下の将士たちも、この若い隊長の想ひ出話に均しく呼吸《い
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