が、一度おれも乗せてみてくれないかなあ。日にちがなくつて前線まで出られないんだ。こゝで引つ返すのは少しいまいましいから」
「うむ……」
と、考へて、
「まあ、そいつはよせ、見えやせんよ」
「しかし、新聞記者は爆撃機にさへ乗せてもらつてるぜ」
「貴様はよせ」
なんと云つても、彼は相手にしないので、私は、妙に拍子抜けがして、そのまゝ口をつぐんだ。
彼もどうやら気まづげであつた。
この瞬間の印象を今想ひ出して、私は、彼の胸中を読む術のなかつたことを憾みとする。
話は飛んで私が東京へ帰つた翌日であつたが、何気なく新聞の記事に眼を通すと、丁度私がSを訪れた日の直前、彼の部隊の○○機一機が、偵察飛行中、行方不明になつたことが発表されてゐるのである。
Sは、さうしてみると、私が訪れた日は、このことで頭がいつぱいであつた筈だ。しかも、それをまだ私にも語る自由をもつてゐなかつたのだと思ふと、彼が私の申出を拒んだ理由も、いろいろ複雑な気持からであつたことがわかる。
「出てゐる飛行機が還つて来るまで、気が揉めるつちやないよ」
さもあらうと、たゞ聞き流した私の耳は、彼のストイツクな沈黙に恥ぢねばならぬ。
舎営風景
Sはまだ此処へ着いたばかりで、部下の宿舎をゆつくり巡視する暇がなかつたらしく、私にも見て行かぬかといふので、二人は車を待たして一緒に本部を出た。
村落は全体で人家が五十戸もあらうか、わりにちやんとした門構へでそのくせ中へはひると、それほどでもないといふやうな家が多く、このへんもやはり住民の大部分は何処かへ姿を消してゐた。
宿舎はすべて、住民のゐない家に限られてゐるが、なかに一軒、門の扉へ「日本軍入ルベカラズ」といふ貼紙がしてあるのがある。
「これはどういふんだい、誰が貼つたんだらう?」
私は不審に思つて訊ねた。
「ふゝん、こつちで粘つたんだらう」
「こつちとは? 日本軍でかい?」
「さうさ」
「まるで、向うがやつたやうだね。すると、なんのためかねえ?」
「いや、夜になると部落の女どもを集めて番をしてやるんだよ。親切なもんだらう?」
「ほう、なるほど、それやよく気がついた。用心をするに越したことはないね」
二人は笑つた。
この時、私は端なくも、欧洲大戦の時、フランスの村落へ侵入したドイツ軍の兵士が、村の若い娘たちと意気投合してしまつたといふ話
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