ランドは、「メルシイ、メルシイ」と云つてYの手を握つた。
 さつきから、この壮快な雰囲気のなかで、酒を飲まずに始終微笑をふくんでゐた日本の一大佐は、傍らの米国に向つて訊ねた。
「どうです、日本の将校は元気でせう」
 すると、米国は、なんでも呑み込んでゐるといふ風に、
「いや米国でもおなじです。戦地に向ふ前の米国将校と来たら、こんなことぢやすみません」
 大佐は、そこで、鷹揚に、天井を仰いで呵呵大笑した。
 私は、Sから盃を受けながら問うた。
「君は、どの方面へ行くの?」
「わからん○○○へ行けと云ふ命令を受けたゞけで、その先は聞いてない」
「新しい部下を渡されるわけだね」
「うん、一日一緒にゐれば新しいも古いもないさ。そこが軍隊の有りがたいところだ。なあ、さうだらう」
「さうだ」
 と、私は、彼の眼をぢつと見つめた。――いゝ隊長だな、と感じた。

     親日家

 船が朝鮮沖にさしかゝつた時、私宛の無線が配達された。
「ブジゴコウカイヲイノルマスヲ」
 大連にゐる弟からである。どうして私の旅行を知つたか? もう十五年も会はずにゐる彼のことを思ふと、帰りに寄れたら寄つてみたい。
 その他、船でわりに話をし合つたのは支那人のFである。
 この人は上海の商人だといふことだが、日本語も相当でき、言葉のはしばしで、所謂、事変後の工作に乗り出さうとしてゐる有力な親日家だといふことが察せられた。
 こんなことを何処まで書いていゝか、むろん大事なことは本人が漏らしはすまいと思ふから、こつちは遠慮なく聞いたまゝを書く。
 彼は云ふ。
「日本の支那通で支那のことわかつてゐるものごく少い。支那にいろんな支那ある。支那人にいろんな支那人ある。いつしよにする、よくない」
 私は聴いてゐる。が、時々こんな質問をしてみる。
「あなたは支那人として、今度の日本の行動を全然間違つてゐないと思ふ側の人ですか?」
「さう、間違つてゐない。少し遅いくらゐです。もう二年たつたら、駄目、効き目ない」
「なぜ?」
「支那強くなつて、負かすのむづかしい」
「待つて下さい。それぢや、あなたは、日本の行動を是認するばかりでなく、支那が負けることを望んでゐるんですね」
「蒋さん、負けるのかまはない。国民党ある間支那幸福になりません」
「でも、たつた今、あなたは、もう二年たつと支那は強くなりすぎると云ひましたね」

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