るのは、例へば、日本人に物を貰ふ、或は御馳走になる、すると、その後会つた時、必ずお礼を云はなければならない。先日は誠に、といふ具合に、ちやんと挨拶をしないと、あいつは怪しからんと云はれる。忘恩の徒だといふことになる。少くとも礼儀を知らん奴と思はれる。これは、支那人の習慣と違ひます。こつちは、決してそれを忘れてゐるわけでもなければ、有難く思はないわけでもない。しかし、それを口に出して云ふのは可笑しいぐらゐに思つてゐる。何時かは返礼をするつもりだし、それも、直接にそのお返しをするのではなく、たゞ厚意に酬いるに厚意をもつてする機会を待つてゐるわけです。ところが、日本人は、それでは承知しない。黙つてゐると感謝のしかたが足りないと思ふ。顔を見たら、すぐ、その相手から何を貰つたか、いつ御馳走になつたかを憶ひ出さなければならぬといふことは、これは、われわれには辛い。支那人同士は、さういふことで、恩を着せたり着せられたりしないのです」
この話は実に面白いと思つた。
ところで、私は、その後日本へ帰つて、信濃憂人といふ人の訳した「支那人の見た日本人」といふ本を読んだが、たまたま、黒海震なる一支那人の「日本留学日記抄」の中に、次のやうな記事がある。
「十二日。日本人は本当にケチ臭い人間だ。一円何十銭か出して支那料理の一遍も奢つてやるとか、或は、飲食品の一番安いところでも贈つてやると、何度も何度も仰山にお礼を云ふことは請合で、たとへそれから何年かたつた後にでも、何時何処そこでは御馳走にあづかりましてなどと、まだお礼を云ひだすものである。
私が今度鈴木さんの家に越して来た最初の日に、一箱の白砂糖を買つて鈴木さんにあげようと思つてそれを持つてあの人の前まで行くと、鈴木さんは早速跪いて、何だかよくはわからないが、くどくどとお礼の文句を述べたてられたので、私はまつたく途方に暮れて泣きだしたくなつた。かういふことはわれわれの国では決してみられないことである」
これでみると、われわれは、やるとか貰ふとかいふことに、そんなにこだはつてゐるのかと、変な気持になる。
日本語を話さない人はつい黙り勝ちになり、さもなければお互に支那語で喋り合ふといふ具合で、私はやうやく隣席の胡※[#「藩」の「番」に代えて「位」、第3水準1−91−13]棕氏から反共戦線社の事業について説明を聴いたくらゐである。同氏の云
前へ
次へ
全74ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング