と云はうと、この風雲の下で私と銭氏との立場は明かに違つてゐるのである。万が一、彼の眼に、戦捷国民の思ひあがつたひとつの顔が映つたとしたら、私は穴にでもはひりたい。
代表的な北京料理を食べたいといふと、O氏は、それなら、食通のW君を呼んで献立の註文をしてもらはうと云ふ。それほどのこともあるまいと思つたが、W君といふのは日本に留学してゐたお医者さんで、気骨のあるさつぱりした人物だといふから、話ができればそれも面白からう。
料理屋の名は忘れた。所謂「うまいもの屋」といふに応はしい小さな構への、体裁お構ひなしといふ店である。屏風で仕切つた奥のテーブルに着く。
W君はやゝ遅れてはひつて来る。
ざつくばらんな調子で、いきなり現在の心境を語る。
「しかし、いま北京にゐるといふだけで、僕などは、南からは睨まれてゐるでせう。うつかり上海へでも行かうもんなら、首がなくなるさ。北京も変るでせうね。どう変るか。北京人は北京が好きなんだから、そのつもりで、あんまり滅茶なことはやらないでほしい。僕は政治なんかに興味はない。だから、まだいゝ、かうして平気でゐられるんです。こゝまでは民衆も黙つてついて来るだらう。あとを、日本がどうするかだ。どういふ態度で民衆にのぞむかです。被征服者扱ひはよくない。忍ぶといふことにも限度があるからね。この間、保定が陥落した時、ほら、こゝで旗行列をやつたでせう。誰が考へ出すかね、あゝいふことは? 上の方ぢやない、それはたしかだ。行列に加はつたのは、小学校の生徒とあとは……。まあ、これや大した問題ぢやないがね。僕は、看板と標札を外して天津へ行つてたよ、その日は……。……………れないからね、かういふことは。日本のためにも考へるべきことですよ」
料理が運ばれた。豆腐と茸の清汁、鰻のシチユウなど珍味である。
「日本には、僕の尊敬する先生もをられるし、世話になつた人達は、みんな僕の心のなかに永久に生きてゐる。日本にゐる日本人は、懐かしい。だが、北京はどうなるのかね。僕が住めなくなるやうな北京に誰がするのかと思ふと、淋しい気がするね」
彼は急に聴き耳をたてる。そして、私たちの方へ、眼で用心しろといふ合図をする。何者かが秘かに私たちを狙つてゐるとでも云ひたい表情である。私は、正直なところ、ギヨツとした。「藍衣社」といふ言葉が咄嗟に頭に浮んだ。
「あの話声は日本人ぢやない
前へ
次へ
全74ページ中64ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング