僕達は、検閲使の中隊巡視を待ちながら、将校室で煙草をふかしてゐると、遂に順番が来た。中隊長室に検閲使一行がはひり込む。何を見られるか知らといふ不安で中隊長以下片唾を飲んでゐる。すると××大佐の声で「此の中隊には、岸田少尉がゐるんだね。こゝへ呼んで……」
 そこで、尋問がはじまつた。
 ――中隊附将校の職務……?
 ――これこれ……(本に書いてある通りを云ふ)
 ――君は文学をやつとるさうだが、どんな文学かね。
 ――……?
 ――軟文学か、硬文学か?
 ――そんな分類には従つてゐません。
 ――それぢや、カーチユシヤなんかはどうだ。
 此処で僕は、一寸、一座の厳めしい人達の顔を見まはした。
 これはもう十何年も前の話である。今は、憲兵大尉が活動のシネリオを書く時代になつてゐるらしい。
 時代と云へば、その時代は島村抱月の芸術座が、松井須磨子を先頭に立てて地方巡業をしてゐた時代である。
 僕の任地×××の劇場でも「復活」と「剃刀」とを演じた。僕がその芝居を観に行つた唯一人の青年将校であつたことも、後で聯隊長の忌諱に触れた。
 やはりシヨペンハウエルなどをかぢつてゐた同僚の一少尉は、とうとう、芸者とピストル心中をした。



底本:「岸田國士全集20」岩波書店
   1990(平成2)年3月8日発行
初出:「文芸春秋 第四巻第五号」
   1926(大正15)年5月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年10月6日作成
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