徴劇『鷺の群とフィネット』によつて民族的感情の渦巻を高雅な韻律に託し、『王女』『薔薇色の頬をもてる少女』『慈愛の聖母』等の諸作によつて、愛国的熱情を歌つた詩人フランスワ・ポルシェは、保守的な国立劇場の観客を魅し去ることに成功した。戦後の巴里、国家主義の残骸と超国境主義の萌芽、酔ひつぶれたスモオキングと厚化粧の喪服、ヂャヅバンドとラヂオコンセエル、この生活の色調を写して、「泣くな、笑へ」と教へるアルフレッド・サヴワアルの虚無的デカダニスムは、やゝ時代的特色を伝へたものと云へやう。
『パストゥール』の一作によつて、「真面目な劇」を試みはしたが、そして、名優を父に有つ果報を実証はしたが、生来の駄々ツ子サシャ・ギイトリイは、やはり「きはどい洒落」と「おどけた感傷」の作家である。
『ナポレオン式の男』や『ジャックリイヌ』や、これらの世相喜劇は、正に「愛すべき欠点」をもつ現代巴里人の、涙と笑ひの一幕である。
ポオル・ジェラルヂイも亦、戦後仏蘭西が生んだ有数の劇作家であるが、今日まで発表せられた諸作『銀婚式』『愛すること』及び『大きな息子』を通じては、戦争が彼に何ものを与へたかは、明かにこれを知ることが出来ない。
彼はポルト・リシュ乃至エドモン・セエの流れを汲む写実的心理劇作者であるが、朗らかなセンチメンタリズムに純真な詩的情味を湛へ、社交的趣味に投ずる優雅さによつて、機智の鋭鋒を包む術を心得てゐる。モオリス・ドネエの後継者として、サロンの人気を集めてゐる所以である。
一九〇九年『憑かれたもの』を公にしながら殆ど世人の注目を惹かなかつたアンリ・ルネ・ルノルマンは、『灼土』『砂塵』の二作によつて一部の批評家から認められだした。然し彼が先駆劇壇の陣頭に勇ましく乗り出したのは、戦後名舞台監督ジョルジュ・ピトエフの手によつて、『時は夢なり』及び『落伍者の群』が上演されて以来である。
その後、相次いで『熱風』『夢を啖ふもの』『赤牙山』『男とその幻』『悪の影』を公にして、一歩一歩、潜在意識の神秘境に分け入つた。
彼の新科学に対する好奇心は、異国情調の趣味と並んで、その作品を特色づけてはゐるが、何よりも彼を優れた劇作家としてゐるものは、病的とも思はれるほど鋭い感受性の気まぐれな微動が、瞑想の暗い影を伝つて、底力のある心理的旋律を奏してゐることである。
作劇のテクニックから云へば、目まぐるしい新旧の交錯である。思索と空想、解剖と暗示、ファンテジイとリリスム、苦悶の告白と理智の裁断、そこにはシェクスピイヤとミュッセとマアテルランクとドストイエフスキイとベルグソンとが入り乱れ、融け合つてゐる。
彼の取扱ふ主題は、前に述べた如く、主として潜在意識の問題である。「第二の魂の盲動」である。時にはアインシュタインの「相対性原理」が基礎となり、時にはフロイドの「精神分析」が根柢となつてゐる。
但し彼は多くの場合、その作中の人物を単に思想の傀儡にして了はない手腕を有つてゐる。それどころか、彼の芸術の力強さは、寧ろそれぞれの人物が、考へる以上に感じてゐることである。思想劇の到達すべき頂点であらう。(春陽堂版拙訳ルノルマン作『時は夢なり』及び『落伍者の群』参照)
フェルナン・クロムランクの名は、制作劇場が始めて『堂々と妻を寝取られる男』を上演して以来、頓に戦後の劇壇を賑はせた。
此のファルスは、恐らく、現代仏蘭西が生んだ最も独創と魅力に富む作品の一つであらう。若く美しく、従順にして快活な妻、傲慢で粗野でお人好しの夫、此の二つの性格が、世にも稀なるシチュエーションを生み、大胆極まる事件の推移と、興味深き心理の回転が、嫉妬の焔を戯画化して抱腹絶倒の場面を現出するのである。しかも、作全体を流れる詩は、憂鬱にして神秘、フラマンの海と森とを包む、たそがれの唄である。
彼は、その前に『面師』及び『初々しき恋人』の二作を発表してゐる。『初々しき恋人』は、ミュッセの浪漫主義とマアテルランクの神秘感とを織り交ぜたドラマであるが、その瞑想には、やゝ病的な主観が附き纏ひ、仏蘭西人の趣味には容れられないものがあるらしい。
『張子の王冠』及び『影を釣るもの』によつて、若く名を成したジャン・サルマンは、制作劇場の俳優として舞台に立つ傍ら、劇作の筆を執りはじめたのである。彼も亦、シェクスピイヤ、ミュッセ、マアテルランクの影響を多分に受けてゐる作家である。殊に、何よりも先づ浪漫主義者である彼は、近代青年の懐疑思想を、バイロンの詩に託さうとした。それはハムレットの捨白、ファンタジオの独白に似て、しかもなほ一層虚無的な心境の告白である。眼まぐるしき感情の飛躍と、未知の世界を凝視する静かな理智の閃きと、そこから、或る独特な心理的リズムを醸し出すところに彼の劇的天分がある。
彼はその後、制作
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