これ以上完全に彼女らの生活を、観衆の眼前に髣髴せしめることは至難の業でありませう。この理由でこの脚本は、上演を許すことができないのであります。
 ミルラン君が云はれるやうに、訂正すべき個所を指摘することは、かくの如き描写全般に亘る問題にあつては、何等その効力がないのみならず、一語一句が悉く一情景の芸術的要素として、動かすべからざる役目を務めてゐる場合、われわれの如き門外漢の協力は、却つて作者にとつて御迷惑であらうと、わざわざ差控へたのであります。遺憾ながら、文部大臣合作戯曲の処女公演は、次の機会に譲ることと致します。(笑声)
 若し、ミルラン君が、作者と共に、この戯曲の部分的修正によつて上演を可能となし得ると信ぜられるなら、本大臣は、甚だ大なる芸術的興味と、満腔の好意とを以て、その研究に着手したいと思ひます。
 アンマン伯爵――議場で読み上げるくらゐなら、公演を許しても差支ないではありませんか。
 ミルラン君――文部大臣は作者自ら修正の個所を示せと云はれますが、これは不合理も甚だしい。
 文部大臣――作者は、今日、禁止の理由を知つた以上、作者として、その理由を除く方法をとられることは御随意であるといふのである。
 ミルラン君――繰り返して云ひますが、本員は、検閲の方針が場合によつて異るといふことを心外に思ふのであります。ところで、文部大臣はこの戯曲を以て上演不可能なるものとなし、しかも、その戯曲の一部を本議場に於いて朗読せられたのであります。それは既にある部分が公然上演せられても差支ないといふことを、文部大臣自身裏書をされたやうなものであります。文部大臣は恐らく、検閲官が禁止をした、カフエー・コンセールの小唄をこの議場で口吟まれることはできないでありませう。本員は飽くまでも、当局の態度が、淫靡軽薄なるこれら、俗謡に対する場合に、寧ろ寛であり、悲痛にして、厳粛な文学的作品に対して、却つて、厳であるといふ事実を責めようとするものであります。(盛なる拍手)
 議長――これで討議を終ります。

 議会傍聴はこれだけにしておくが、翌日、新聞フィガロは、この論議について、長文の社説を掲げ、最後に結んで曰く、「議会はかくて、一時間余に亘り、採決を要しないこの討議の一場面を喝采した。わが議員連は実際、あまり文学を談ずる機会をもたない。官報議事録を読むものは、演説中しばしば、不適当な
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