に浸潤しただけである。その思想を生み育てた風俗の伝統は、文学や映画を通じて芸術以前の魅力として受け取られ、これを模倣して得々たるものは、さすがに思想とは縁のない軽薄な手合のみである。が、それもまた現代風俗の混乱を示す一分子たる役目は演じてゐるのである。
わが国古来の風習も、その守られ方の如何によつて、時代にそぐはぬものとなり、われわれの生活の誇るべき表示とはならぬものが少くない。それは、たゞ旧いから陋習と云はれるのではなく、新しいものゝなかで生彩を発揮しない涸渇した形骸となつてゐるからである。こんなことは私が指摘するまでもなく、明治以来の新興国民道徳の精神がこれを教へてゐるにも拘はらず、それだけではどうにもならなかつたといふのは、かゝる陋習さへも必要とされる生活自体の形成の欠陥を誰も補足しようとしないからである。政治の責任がこゝにないであらうか。
六
公衆道徳の訓練をしなければならぬといふものがある。いや、それよりも前に、個人道徳の確立が急務であるといふ説もでる。
私はそのいづれにも半分づゝ賛成であるが、その目的を達するためには、これまで行はれてゐたやうな方法で
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