る。
 わが軍隊の強みは、私に云はせれば、専門的な技術の訓練もさることながら、軍隊として、夙に、整然と上下を通じて一貫する風俗の樹立を敢行した点にあるのである。そして今日、軍人の風俗と、いはゆる地方人のそれとの間にあまり画然たる開きができてしまつたところに、わが国情の一種の悩みもあるわけであるが、私は、これを例に引いて、国民全体が、決してユニフオームに象徴される軍隊風でなく、それぞれの個性、それぞれの階級、それぞれの社会に応じ、しかもそれらに共通する新時代の日本風俗を創りだす努力をしなければならぬといふことを云ひたかつたのである。
 軍隊風俗は、軍隊の使命において、ひとつの美風を誇つてよい。国民は国民の使命に於て、より寛闊な様式を理想とすべきであらう。

       八

 欧化主義に対する批判は既に終つてゐる。風俗の国際化といふ問題について考へてみても、私は、その意義と限界とを、国粋主義の立場からでなく、自然の理法として早く闡明してほしいのである。たゞ単に方向が与へられさへすればよい。
 服装における和洋折衷は、もはや退化の一路を辿りつゝあるやうに思へる。和服に靴を穿くものはとつくになくなつた。帽子もやがてかぶらなくなるだらう。
 日本人のお辞儀も、今や千差万別である。素気ないのになると、たゞ頤を突きだすだけといふのがある。膝をちよつと折つてみせるやり方も簡略至極である。「やあ」と云つて近づいて来るから、お辞儀をするのかと思つて待つてゐると、遂にそのまゝといふのがある。長くして掻きあげてゐる髪が前へ落ちて来ないやうに、斜に首を曲げるのがある。片足を後ろへ蹴あげるやうにするのがゐる。千差万別一向に差支へないが、共通の心理は、お辞儀は文字どほり形式だと思つてゐることである。もつともこれはみんな若い男の場合であるが、女のひとはそれほどでもない。その代り、何を喋るのにも、相手がそれをどう思ふかといふことばかり気にしてゐる。それは言葉の云ひ廻しにも、顔や手の表情にも絶えず示されてゐる。
 私はかういふ婦人と対ひ合ふ毎に、西洋のある種の女のつゝましい雄弁を思ひ出す。そして、それは、女性自身の心掛けよりも、男性の取扱ひがこの嗜みを作りだすのだといふ風にも考へてみた。風俗の国際化がこのへんから機微な点に触れて行く。

       九

 断つておくが、私自身としては、日本の風
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