、しかし、これはややはっきりした形で残されているギリシア演劇の初期のものによって、そういう所から演劇が起って来たということがほぼ想像される。これは今日でも、例えば、日本の演劇の起原を考えてみる場合に、外国劇、支那劇、と或は南洋諸島の原始演劇というようなものの影響が考えられると同時に、日本の田舎などに今日民俗芸術として残っている演劇形態、というものが有力な手がかりとなるのですが、そういう演劇の形からも、やはり同じようなことが推論されるのです。
そこで、今話したような原始演劇、演劇の起りというものを尋ねて見て、芝居とはどういうものであったかということについて、先ず一つのはっきりした結論が生れる。つまり芝居とは人間の集団生活に於て、その集団の一つの共通な心が求めている幸福の祈願であります。人類の一つの集団が集団の心として求めている生活の歓喜であります。それが昔はその集団のお祭という形で起り、そしてそれが、次第に時代が進むに従って、その集団の共通の娯楽という形になってきている。集団がそれによって共に娯しむという、娯楽という形になってきている。共に娯しむ娯楽というところに演劇の一番本質的な意味があったのです。今日からみると、芝居が好きだとか好きでないとか、そこへ行くとか行かないとかいうことは、銘々の個人の趣味といえるのですが、これが常態となったのは極く近代のことで、一つの集団全体が演劇を作り出し、その演劇を楽しみ、その演劇によってその集団の幸福感というものを満足させるということは、また、一人の例外もなく参加することによって行われたということは、非常に重要なこととして考えなければならない。集団生活の幸福感というものが、その行事たるお祭によって象徴されるというのは、つまりそこなのです。
そもそも芝居というものが元来そういうものであるとすると、その芝居をする本体というのは、俳優であって、俳優はお祭の聖職者なのです。これを別の言葉でいうと、俳優は、すべての人間に代って最も近く神のそばにあり、それと同時に最も近く悪魔の位置にあるものなのである。この、神に最も近づき、また時とすると、自分で悪魔の声を放つということは、これは人間はすべて誰でも例外なく本能として持っている一つの傾向なのです。いい換えると、俳優とはすべての人間が本能的に夢想している一つの行動を身を以て行ってみせ、それが現実の仮感に訴える、そういう職業なのです。
この定義めいたものは、俳優芸術というもののごく根元的な純粋な形を先ずここに引っ張り出して、それに与えた定義なのですが、しかし、そういう精神が次第に失われつつあるということが一方にある。その失われつつあるということは、今日の俳優というものに対する一般の認識が非常に誤ってきた原因であります。いずれその問題に付いては最後に話しますけれども、俳優の理想というものは俳優の本来の姿を取戻さなければいけない。現在おかれているところの、現在あるがままの俳優の姿というものは非常に歪められた、また一方からいうと、非常に変質的になっているものなのです。これに注意しておきます。
さっき現実の仮感という言葉を使いましたけれども、この仮感という言葉はこういうことです。わかり易い例をあげますと、最も単純な芸術の形態で最近発達したものにラジオがあります。ラジオでは一つの物語なり、或はラジオ・ドラマなどをきかせますが、ラジオは元来声だけできくものである。音響だけを頼りに一つの現実にふれる訳です。それ故、一面からいえば、ラジオ・ドラマというものは、音の効果、或は声の効果というものだけを使って、そこに一つのものが仕組まれたように考えられている。しかし実際はそうではない。もし単にそういうものであれば、ラジオ・ドラマというものは非常に単調で味いの浅いものになります。むしろ、それ位ならば純粋の音楽をきいている方がいいようなものです。ところが、ラジオ・ドラマというもの、つまり人間が肉声によって一つの物語を伝えるということは、必ずしも耳だけに訴える感覚ではなくて、同時に人間のあらゆる他の感覚、殊にラジオで一番縁の遠いように思われる眼の仮感というものに訴える要素が十分なければならないのです。つまり、声をききながら、ものを見ているような視覚、眼の仮感に訴えることが第一番です。ある女の人の声をきく。ラジオですからその女の人は勿論なんにも見えない。しかし、その女の人の唇の動き、その唇の間から見える歯のならび、その女の人の息づかいから感じられる鼻の微妙な動き、声の調子から考えられるその人の眼つき、そういうものが仮感として、聴いているものの脳裡に浮び出て来なければいけない。そういうようにラジオ・ドラマというものは書かれているし、また語らなければいけないのです。だから耳に訴える要素だ
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