と思ひますが、例へば「どん底」の男爵、「クノツク」の主人公などです。どんな役ならうまくやれさうかといふ問題は、実際はどうかわかりませんが、「アンドロクレスと獅子」のアンドロクレス、それから、「バダン君」のバダンなんか、自分の柄だといふ気がします。
私。日本のものでは……?
志望者。日本のものでは……先生の前ですが、思ひつきません。
私。日本のものはあまり読まないんですか。
志望者。若い頃は読みましたが、此の二三年どうも……。
私。君は二十五ですね。
志望者。はあ。
私。新劇俳優が、現在、経済的に全く酬いられないことは知つてゐますね。
志望者。職業になつてゐないからでせう。
私。職業的にはなつてゐます。
志望者。それなら、これからも、職業的であるに止まるのでせうか。職業にはならないでせうか。
私。ならないことはありますまい。たゞ、相当の時日を要するでせう。此の時日を、生活に追はれないで、有意義に過す覚悟と、手段とを有つてゐるものでなければ、将来一人前の職業俳優にはなれないと思ふのです。
志望者。その時日はどれくらゐですか。
私。わかりません。これは僕の推測ですが、専門家として職業的技術を
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